この記事でわかること
- アントシアニンがpHで赤・紫・無色・青の4つに変わる仕組み
- 色が抜ける3つの道と、そのうち戻せるのはどれか
- ミョウバンと鉄が効く色素と、効かない色素の見分け方
- なす・紫キャベツ・赤しそ・いちごの食材別の打ち手
なすの煮物が茶色くなった、紫キャベツを茹でたら湯が青くなって野菜のほうは白っぽい、赤しそが思った赤に出ない——どれも同じ色素の話です。
この記事が扱うのは、色止めの科学が並べる3つの色素のうち、pHで色が動くアントシアニンです。なす・紫キャベツ・赤しそ・黒豆・ブルーベリーの赤紫青がこれに当たります。緑のクロロフィルと、にんじんのカロテノイドは別の色素で、打ち手も別になります(色の記事群の全体は料理の科学の⑤にあります)。
アントシアニンが他の2つと決定的に違うのは、色が動いても戻せることです。ただし戻せるのは3つある退色の道のうち1つだけで、残りの2つは戻りません。どの道で色が抜けたのかを見分けられるかどうかが、打ち手を選べるかどうかを決めます。
色止めの記事群の中での立ち位置:ひとつだけ「戻せる」色素
3つの色素は、壊れ方が違う
色止めの記事群は、守りたい色ごとに3本あります。同じ「色を守る」でも、色が失われる仕組みが違うので、手当ても違います。
| 色素(記事) | 守る色 | 何で色が変わるか | 元の色に戻せるか |
|---|---|---|---|
| クロロフィル | 緑(ほうれん草・ブロッコリー) | 熱と酸で、分子の中心のマグネシウムが水素に置き換わる | 戻せない |
| アントシアニン(この記事) | 赤紫青(なす・紫キャベツ・赤しそ) | pHで分子の形そのものが切り替わる | pHを戻せば戻る |
| カロテノイド | 黄橙赤(にんじん・トマト・パプリカ) | pHでも加熱でもほとんど動かない。光と酸素で酸化する | 戻せない |
この3つのうち、pHを戻せば色も戻るのはアントシアニンだけです。ゆですぎて黄土色になった青菜は、酢を足しても重曹を足しても緑には戻りません。ところが青くなった紫キャベツの茹で汁に酢を落とすと、その場で赤紫に戻ります。
だから打ち手が逆になる
可逆かどうかが違うと、台所でやることが逆を向きます。
- クロロフィルは、加熱で出てきた酸を逃がして短時間で止めます。時間との勝負です
- アントシアニンは、狙った色になるpHを選んで、そこに固定します。位置決めの問題です
- カロテノイドは、色そのものは動かないので、光と酸素から隔離するだけです。保存の問題です
青菜と同じつもりでなすを扱うと外します。なすは「急いで冷やす」よりも「pHを決めて、水に触れさせない」ほうが効きます。
アントシアニンは pH で4つの姿に変わる
4つの構造と、それぞれの色
アントシアニンは、まわりのpHによって分子の形が4通りに切り替わります。色が変わるのは、色素が壊れたからではなく形が入れ替わったからです。
| 分子の形 | どのpHで優勢か | 色 | 台所での例 |
|---|---|---|---|
| フラビリウムカチオン | 強酸性 | 赤 | 梅酢に漬けた赤しそ |
| アンヒドロ塩基 | 弱酸性〜中性 | 紫 | 生のなすの皮、生の紫キャベツ |
| プソイド塩基(水が付いた形) | 弱酸性〜中性 | 無色 | 色が薄くなった煮汁 |
| アンヒドロ塩基アニオン | 塩基性(アルカリ性) | 青 | 重曹入りの生地に入れたブルーベリー |
出典: 津久井亜紀夫「食品中のアントシアニン色素について」日本食生活学会誌 9(1), 1998, 図2
pH 4〜5 は色が消える谷
大事なのは無色のプソイド塩基です。弱酸性から中性にかけては、紫のアンヒドロ塩基とこの無色の形が同時に存在します。
つまりこの帯では、色素の一部が無色のほうに取られて、見た目の色が薄くなります。同じ論文は「アンヒドロ塩基は不安定で、容易に水和され無色の擬似塩基に変化する。この水和を防止することによりアントシアニンが安定となる」と書いています。色を守るとは、分子に水が付くのを防ぐことです。
料理として困るのはここです。酸味を付けたくない料理ほど、色が抜けるpHに入ります。 なすの煮物もポテトサラダの紫キャベツも、味の狙いは中性寄りなのに、色の狙いは酸性寄り。色を取るならpH 3以下まで振り切るか、次の節で扱う金属で固定するかの二択になります。
台所の pH でいうとどこか
実際に使うものがどのあたりにあるかを押さえておくと、狙いを外しません。
| 調理で使うもの | pH(目安) | この色素はどう見えるか |
|---|---|---|
| レモン汁 | 2.0〜2.5 | 鮮やかな赤 |
| 食酢 | 2.5〜3.5 | 赤〜赤紫 |
| ワイン | 3.0〜3.8 | 赤紫 |
| トマト | 4.0〜4.5 | 薄い紫(無色の形が増える) |
| 水道水 | 6.5〜7.5 | 紫だが薄い |
| 卵白 | 7.6〜9.0 | 青〜青緑 |
| 重曹(炭酸水素ナトリウム) | 8.3〜8.5 | 青〜緑 |
| かんすい(炭酸ナトリウム等) | 11〜12 | 緑〜黄 |
pHの値は酸とアルカリの科学の一覧と同じものです。
目玉焼きに紫キャベツを載せると白身が緑に振れるのは、卵白がpH 7.6〜9.0のアルカリ側だからです。ブルーベリーのマフィンがくすんだ灰緑になるのも同じで、ベーキングパウダーに入っている重曹がpH 8.3〜8.5だからです。どちらも色素が壊れたのではなく、アルカリ側の形に切り替わっただけです。
色が抜ける道は3つある——形が変わる・溶け出す・壊れる
「色が薄くなった」は3通りの原因があります。見分けないと打ち手が決まりません。
形が変わる(戻せる)
pHが中性寄りに動いて、無色のプソイド塩基が増えた状態です。色素の量は減っていません。酢を落とせばその場で赤紫に戻ります。青くなった紫キャベツの茹で汁が赤に戻るのはこれです。
水に溶け出す(戻らない)
アントシアニンは糖が結びついた配糖体(はいとうたい)で、水によく溶けます。細胞が加熱で壊れると、色素は煮汁や茹で汁の側へ出ていきます。
湯が青紫に染まっているなら、それは色が「変わった」のではなく「移動した」ということです。鍋に酢を足せば湯の色は赤くなりますが、野菜の側は白っぽいままです。
ここが最初の分岐になります。青菜の色止めでは「たっぷりの湯」が正解でしたが(緑野菜の色止めの科学)、この色素では逆です。紫キャベツは炒める・蒸す・酢で和えるなら色が残り、たっぷりの湯で茹でると抜けます。なすを素揚げしてから煮ると色が残るのは、油の膜が水との接触を減らすからです。
熱と光で壊れる(戻らない)
長く加熱したり光に当て続けたりすると、色素そのものが分解します。紫ヤムの色素を使った試験では、80℃で8時間加熱したとき、複数のアントシアニンが混ざったままの系で相対残存率が約80%、そこから精製した単一の色素では約50〜60%まで落ちました。紫外線(15Wの殺菌灯を20cmの距離から照射)を8時間当てた場合は、混合系で約40%、単一系で約20〜30%です(津久井 1998、図5)。
| 退色の道 | 何が起きているか | 戻せるか | 台所での見え方 | 打ち手 |
|---|---|---|---|---|
| 形が変わる | pHで無色のプソイド塩基が増える | 戻せる | 食材も煮汁も薄い紫 | 酸を足してpH 3以下へ |
| 水に溶け出す | 水溶性の配糖体が煮汁へ移る | 戻せない | 煮汁だけが濃く、食材が白い | 茹でない。油で覆う |
| 熱と光で壊れる | 分子そのものが分解する | 戻せない | 全体が褐色に寄る | 加熱を短く、遮光して保存 |
金属で固める——効く色素と効かない色素がある
なすの漬物にミョウバン、黒豆に鉄。どちらも昔からある手ですが、この手が通じない食材があります。理由は分子の形にあります。
なぜ金属を挟むと色が固まるのか
アントシアニンの分子には、環が3つあります。そのうち外側の環(B環)に水酸基が並んでいて、となり合った2つの水酸基が、アルミニウムイオンや鉄イオンを両側から挟み込みます。この挟み込みをキレートと呼びます。
金属を挟んだ分子には、水が近づけなくなります。前の節で見たとおり、色が抜ける正体は分子に水が付くこと(水和)でした。だから水を寄せ付けない形にしてしまえば、無色への変化が止まり、色が固定されます。鉄では深い紫紺、アルミニウムでは紫が安定します。
B環の水酸基が2つないと挟めない
ここから実務の線引きが出ます。挟むには水酸基が2つ必要なので、1つしか持たない色素では成立しません。
| 色素の系統 | B環の水酸基の数 | 代表的な食材 | 金属で固まるか |
|---|---|---|---|
| ペラルゴニジン系 | 1 | いちご、ラディッシュ | 固まらない |
| シアニジン系 | 2 | 黒豆、赤しそ、紫キャベツ | 固まる |
| デルフィニジン系 | 3 | なす | 固まる |
出典: 系統と水酸基の対応は津久井 1998 図1、金属錯体の成立条件は Food Chemistry 2015(o-ジヒドロキシ構造とアルミニウム(III)の錯体形成)。ブルーベリーやぶどうは系統が品種で混ざるため、この表からは外してあります
つまり、いちごのジャムやシロップは、ミョウバンを入れても鉄鍋で煮ても色は止まりません。 いちごの赤はペラルゴニジン系で、挟む腕が1本しかないからです。いちごに残された手は、酸を効かせること・加熱を短く低くすること・遮光して保存することの3つだけになります。
日本語の解説は「アントシアニンは金属と結合して安定する」と一括りにしていることが多いのですが、ここで分かれます。
使い方:なすと黒豆
| 食材 | 使う金属 | やり方 | 何が起きているか |
|---|---|---|---|
| なすの漬物 | アルミニウム | 焼きミョウバンを加える。健栄製薬の早漬けの例では小なす250gに小さじ1 | ナスニン(デルフィニジン系)がアルミニウムを挟んで紫が固定される |
| 黒豆の煮豆 | 鉄 | 鉄鍋で煮る、または鉄玉子を入れる | 皮のアントシアニン(シアニジン系)が鉄を挟んで黒が締まる |
| なすのぬか漬け | 鉄とアルミニウム | 鉄釘とミョウバンを床に入れる | 両方の金属が供給され、長期間の漬け込みでも紫が残る |
出典: ミョウバンの分量は健栄製薬、黒豆と鉄の関係は日本植物生理学会 植物Q&A
ミョウバンは味のために入れるものではなく、アルミニウムを供給するために入れるものです。収れん作用で歯ざわりも締まりますが、多く入れるとえぐみが出ます。分量を守る理由はそこにあります。
ひとつ限界があります。金属は、色素が無色になるのは止めますが、水へ溶け出すのは止めません。 日本植物生理学会の植物Q&Aは、黒大豆について「鉄やミョウバンは、色素と錯体を形成して安定化し発色を鮮やかにしますが、不溶性にするはたらきはそれほど強くないようです」と書いています。金属を入れても、煮汁が色づくのは止まりません。だから打ち手の順番は、金属より先に「水に触れさせない」が来ます。
酸で固める——梅酢とアシル化
梅酢は pH 2.0 まで振り切っている
赤しそに梅酢(うめず)を使うのは、色を「出す」操作ではなく赤側に「固定する」操作です。梅漬けの貯蔵試験で使われた梅酢はpH 2.0(食塩18%・25℃)で、この強酸性では色素のほぼ全部が赤いフラビリウムカチオンになります。しかも酸性が強いほど、熱にも光にも比較的強くなります。
ゆかりやしそジュースで酢やクエン酸を加えると急に発色するのも、同じ切り替えが起きているだけです。色素が増えたわけではありません。
アシル化した色素は自分で自分を守る
同じ「アントシアニン」でも、持ちには差があります。分子に芳香族の有機酸がくっついている色素(アシル化アントシアニン)は、その有機酸が分子の上下に面で重なって、水をはじきます。分子が自分で自分に蓋をしている形です。
だから水が近づけず、無色への変化が起きにくくなります。実際、アントシアニンの種類が多い系ほど、またアシル化した色素が多い系ほど、加熱後・紫外線照射後の残存率が高いという相関が報告されています(加熱で r=0.79 と 0.85、紫外線で r=0.69 と 0.83、いずれも p<0.01。津久井 1998、図4)。
なすのナスニンはこのアシル化色素です。生しば漬けでは主要アントシアニンの約94%をナスニンが占め、乳酸発酵によってpHが下がることでさらに安定します。しば漬けの紫が何か月も保つのは、酸とアシル化の二段構えだからです。
食材別の打ち手
決定表
| 食材 | 色素の系統 | 第一手 | 使えない手 | 理由 |
|---|---|---|---|---|
| なす(煮物・漬物) | デルフィニジン系 | 素揚げしてから煮る。漬物なら焼きミョウバンか鉄 | 水にさらして長く茹でる | 水溶性の色素が煮汁へ移るため |
| 紫キャベツ | シアニジン系 | 酢を効かせて和えるか、油で炒める | たっぷりの湯で茹でる | 同上。加えて中性の湯では無色の形が増える |
| 赤しそ | シアニジン系 | 梅酢か酢でpH 2〜3まで振る | 水だけで煮出す | 中性では発色しきらない |
| 黒豆 | シアニジン系 | 鉄鍋か鉄玉子を入れて煮る | 長時間の高温加熱だけに頼る | 鉄を挟まないと分解が進む |
| ブルーベリー(焼き菓子) | デルフィニジン系が中心(品種で混ざる) | 酸性のバッターにするか、焼き上がりに後のせ | 重曹入りの生地に練り込む | アルカリで青緑に振れるため |
| いちご | ペラルゴニジン系 | 酸・低温・遮光の3つだけ | ミョウバン、鉄鍋 | 水酸基が1つで金属を挟めないため |
選べないときの優先順位
全部はできません。効きの大きい順に並べると次のようになります。
- 水に触れさせない——茹でない、油で覆う、加熱時間を短くする。流出は戻らないので、最初に潰す
- pHを3以下に振る——酢・レモン汁・梅酢を加熱の前に入れる。赤に固定でき、熱と光への強さも上がる
- 金属で固める——ミョウバンか鉄。ただしシアニジン系とデルフィニジン系に限る
- 光と酸素を切る——保存時の話。遮光容器に入れ、冷蔵する
上に行くほど効きが大きく、下に行くほど仕上がりの味への影響が小さくなります。2番は必ず酸味が乗るので、酸味を足したくない料理では3番に頼るか、色を捨てる判断になります。
うまくいかせる条件
ここまでの打ち手が成り立つには、色素の側と料理の側に条件があります。
| 条件 | 内容 | 外すとどうなるか |
|---|---|---|
| 色素がシアニジン系かデルフィニジン系 | B環にとなり合う水酸基が2つ以上あること | ペラルゴニジン系(いちご・ラディッシュ)では金属を挟めず、ミョウバンも鉄も効かない |
| 酸を入れるのは加熱の前 | マリネ液や煮汁に先に入れておく | 加熱中に流出した色素は戻らないので、後から酸を足しても薄いまま |
| pH 3以下に振れる料理であること | 酢・レモン汁・梅酢を効かせられる味の設計 | 中性寄りのままだと無色の形が増え、色が薄い仕上がりで固定される |
| ミョウバンの分量を守る | 焼きミョウバンで、小なす250gに小さじ1(健栄製薬の早漬けの例) | 多いと収れんが強く出て、えぐみと歯ざわりの硬さが残る |
| 金属は溶出の対策にならない | 錯体を作っても不溶にはならない | 煮汁への色移りは止まらないので、先に「水に触れさせない」を決めておく必要がある |
本記事の数値(色が薄くなるpH帯、80℃8時間での残存率、紫外線での残存率)は実験で測られた値です。加熱の残存率は紫ヤムの抽出液で測ったもので、鍋の中の野菜でそのまま再現される数字ではありません。順番と向きを決めるための目安として使ってください。
まとめ
- アントシアニンはpHで4つの形に切り替わります。強酸性で赤、弱酸性〜中性で紫と無色が混ざり、アルカリで青になります
- pH 4〜5は色が薄くなる谷です。酸味を付けたくない料理ほど色が抜けるpHに入ります
- 色が抜ける道は3つ(無色の形に変わる・水へ流出する・熱と光で分解する)あり、戻せるのは最初の1つだけです
- 金属で固める手は、B環にとなり合う水酸基が2つ以上ある色素にしか効きません。なす・黒豆・赤しそには効き、いちごには効きません
- 打ち手の優先順位は、水に触れさせない → pHを3以下に振る → 金属で固める → 光と酸素を切る、の順です
よくある失敗と対策
色が薄い・抜けた部分的
- なぜ
- pH 4〜5 で色素が無色のプソイド塩基に変わり、同時に水溶性の配糖体として湯へ流出しました
- どうする
- 酢かレモン汁を加えて pH 3 以下まで振ります。流出した分は戻りません
- 次から
- 茹でずに油で炒めるか、最初から酢を効かせた液で加熱します
変色した・色が悪い部分的
- なぜ
- 重曹やかんすいのアルカリで色素がアンヒドロ塩基アニオンに変わり、青から緑へ振れました
- どうする
- 酸を加えて pH を下げると赤紫側へ戻ります。生地に練り込んだ後では戻せません
- 次から
- 重曹入りの生地には果実を後のせするか、酸性のバッターに替えます
小さなコツ
紫キャベツは茹でない
油で炒めるか、酢を効かせた液で和えます
なぜ色素は水溶性で、たっぷりの湯に入れると湯の側へ移ります
なすは先に油で覆う
素揚げか多めの油で焼いてから煮汁に入れます
なぜ油の膜が水との接触を減らし、色素の流出が止まります