この記事でわかること
- pHでも加熱でも色が動かない理由と、それでも失われる2つの道
- 油へ色を移したいとき・移したくないときで火加減が逆になること
- 光と酸素で褪せる速さの実測値と、保存でやること
- トマトソースの赤が浅くなる仕組みと、色と吸収のトレードオフ
にんじんを炒めたらフライパンがオレンジに染まった、去年漬けた柚子皮のオイルが黄色を失っていた、トマトソースを煮詰めたら赤が浅くなった——同じ色素の話です。
この記事が扱うのは、色止めの科学が並べる3つの色素のうち、脂溶性でpHにも加熱にも動かないカロテノイドです。にんじん・かぼちゃ・トマト・パプリカ・とうもろこし・柚子皮の黄橙赤がこれに当たります。
この色素には、他の2つと違って色止めという操作がそもそもありません。酸を入れても重曹を入れても色は動かないからです。そのかわり、失われる道が2つだけあります。油へ移るのと、光と酸素で壊れるのと。やることはその2つの設計に置き換わります。
色止めの記事群の中での立ち位置:ひとつだけ「動かない」色素
5つの条件に対する強さを並べる
3つの色素を、台所で動かせる条件ごとに並べると違いがはっきりします。
| 条件 | クロロフィル(緑) | アントシアニン(赤紫青) | カロテノイド(黄橙赤) |
|---|---|---|---|
| pH の変化 | 酸に弱い(黄褐色に変わる) | 赤・紫・無色・青に動く | ほぼ動かない |
| 加熱 | 長いほど退色する | 長いほど分解する | 比較的安定 |
| 水(ゆで汁) | 一部が溶け出す | よく溶け出す | 溶けない |
| 油 | ほぼ移らない | 移らない | よく溶けて移る |
| 光と酸素 | 影響する | 影響する | 分解する |
pH の行は酸とアルカリの科学の色素表と同じ内容です。
だから「色止め」ではなく「油と光の設計」になる
他の2つの色素では、鍋の中で何をするかが勝負でした。青菜は酸を逃がして短時間で止める、なすはpHを決めて水から離す。どちらも加熱中の操作です。
ところがカロテノイドでは、加熱中にできることがほとんどありません。かわりに効くのは次の2つです。
- 油をどうするか——色を移したいのか、移したくないのか。これで火加減と油の量が逆を向きます
- 光と酸素をどう切るか——保存の話です。この色素だけは、加熱時間より置き場所のほうが効きます
色の正体は、長くつながった二重結合
炭素数40の長い鎖
カロテノイドは、8個のイソプレン単位がつながった炭素数40の分子です。その鎖の中に、二重結合が一つおきにずらりと並んでいます。この並びが可視光の青と緑を吸収するので、残った黄・橙・赤が目に届きます。
系統は2つに分かれます。
| 系統 | 分子の特徴 | 代表的な色素と食材 |
|---|---|---|
| カロテン類 | 炭素と水素だけでできている | β-カロテン(にんじん・かぼちゃ)、リコピン(トマト・すいか) |
| キサントフィル類 | 分子に水酸基が付いている | カプサンチン(赤パプリカ)、ルテイン(とうもろこし・黄パプリカ)、ゼアキサンチン |
出典: 安田みどりほか「紫外線照射によるパプリカ中のカロテノイドの退色作用」西九州大学健康栄養学部紀要 第4巻, 2018
色を出す構造が、そのまま壊れる場所になる
この記事の土台になる事実がここにあります。色を出しているのは二重結合の連なりで、酸素が最初に攻めるのも同じ場所です。
つまり「濃い色を持っている」ことと「酸化されやすい」ことは、同じ構造の裏表です。pHを変えても二重結合は切れないし、熱だけでも切れません。ところが光と酸素が揃うと切れます。だからこの色素は、煮ても焼いても平気なのに、瓶に入れて窓辺に置くと褪せます。
水酸基を持つキサントフィル類は、活性の高い酸素を消す働きが強く、退色も遅くなります。炭素と水素だけのカロテン類のほうが速く褪せます。にんじんのβ-カロテンやトマトのリコピンのほうが、パプリカのカプサンチンより光に弱いということです。
油へ移る——損失であり、同時に道具でもある
なぜ油に溶けるのか
分子の大半が炭素と水素の鎖で、水と手をつなぐ部分がほとんどありません。だから水には溶けず、油には溶けます。にんじんを茹でてもゆで汁に色は出ないのに、炒めると油が染まるのはこのためです。
ここがアントシアニンと正反対です。あちらは糖が付いた水溶性の色素なので、ゆで汁に流れて油には移りません。同じ「流出」でも、どちらの液体に逃げるかが逆になります。
損失として見るとき
にんじんを油で炒めると、フライパンと菜箸がオレンジに染まります。かぼちゃは煮物では煮汁に色が出ませんが、素揚げすると油が黄色くなります。この分の色は野菜に戻りません。
減らしたいなら、油を少なくして高温で短く火を入れます。移る量は油の量と接触時間で決まるからです。
道具として使うとき

同じ現象を使い切っているのが、色のついた油をつくる技法です。
| 技法 | 何を油に移しているか | やり方 |
|---|---|---|
| パプリカオイル | 赤パプリカのカプサンチン | 乾燥パプリカか生の赤パプリカを、低温の油でゆっくり温める |
| ラー油 | 唐辛子のカプサンチンとカプソルビン | 唐辛子を焦がさない温度帯で油に浸す |
| カレーのテンパリング | ターメリックのクルクミンなど脂溶性の色素と香り | スパイスを油で加熱してから具に合わせる |
| 柚子皮のオイル | 柚子皮のカロテノイド | 皮を油に浸けて時間をかけて引く |
色を移したいときと移したくないときで、火加減が逆を向きます。 移したくないなら油は少なく高温で短く、移したいなら油は多めに低温で長く。どちらも同じ理屈の裏表です。
光と酸素で壊れる——これだけが本当の退色
2つの壊れ方
光で色が失われるとき、分子には2通りのことが起きています。
| 何が起きるか | 分子はどうなるか | 色はどうなるか | 戻せるか |
|---|---|---|---|
| 異性化 | トランス型がシス型に折れ曲がる | 残るが浅くなる | 戻せない |
| 酸化分解 | 酸素がある状態で光を受けて鎖が切れる | 無くなる | 戻せない |
出典: 安田ほか 2018「1 緒言」
酸化分解は、色素そのものが無くなる経路です。この色素で「退色」と呼ぶべきものは、ここだけです。
紫外線を当てると1〜2日でほぼ無色になる
どのくらい弱いのかを数値で見ておきます。パプリカを熱湯で抽出した液に紫外線(波長366ナノメートル、ランプから約2センチ、強度0.65〜0.95ミリワット毎平方センチ)を当て続けた試験があります。
| 測った色 | 照射前 | 2日後 | 7日後 |
|---|---|---|---|
| 赤パプリカの赤み(a*値) | 17.8 | ほぼ0 | ほぼ0 |
| 赤パプリカの黄み(b*値) | 29.0 | 9.7 | 6.4 |
| 黄パプリカの黄み(b*値) | 24.7 | — | 5.3 |
出典: 安田ほか 2018、図3。a値は大きいほど赤、b値は大きいほど黄を示す。条件は上記の紫外線照射で、室内の可視光ではこれより遅い
論文は「パプリカ溶液の色は、1〜2日間の紫外線照射により退色してほぼ無色になった」と書いています。煮ても焼いても変わらなかった色が、光の前では2日で消えます。
もうひとつ押さえておくことがあります。光による分解は、水があると進みやすくなります。有機溶媒の中では一定の速さですが、水が存在すると色素の濃度に比例して速くなります。乾燥品より、水分を含んだもののほうが光で褪せやすいということです。
保存でやること
- 自家製のラー油・パプリカオイル・柚子皮のオイルは、褐色瓶に入れて戸棚へ。コンロ脇の見える場所は最も悪い置き場所です
- 乾燥パプリカ・干しにんじん・柚子皮は、透明の袋のまま窓際に置かない
- 酸素も要るので、瓶は小さいものに移し替えて空気の層を減らします。同じことは脂質酸化の科学でも扱っています
加熱で赤が浅くなるのは、壊れたのではなく形が変わったから
リコピンは加熱でシス型に変わる
「熱に強いはずなのに、トマトソースを煮詰めると赤が浅くなる」——これは分解ではありません。
植物の中のリコピンは、約90%がまっすぐ伸びたトランス型です。加熱するとこれが折れ曲がったシス型に変わります。シス型は吸収する光の波長がずれて発色が弱くなるので、色素の量は同じなのに赤が浅く、オレンジ寄りに見えます。
たまねぎとにんにくがそれを加速する
どのくらい変わるかを測った研究があります。トマトペースト100gにオリーブオイル5gを混ぜ、80℃で30分加熱したときのシス型の割合です。
| 一緒に加熱したもの(5mm角35g) | 加熱後のシス型の割合(%) |
|---|---|
| なし(トマトペーストと油だけ) | 22.2 ± 0.9 |
| たまねぎ | 59.3 ± 2.1 |
| にんにく | 56.1 ± 3.9 |
| キャベツ | 40.7 ± 5.8 |
| ブロッコリー | 37.5 ± 3.2 |
出典: 竹村諒太ほか「特定の野菜との加熱調理によるトマトリコピンの cis 異性化の促進」日本調理科学会誌 52(2), 2019、図3。試験は n=3、値は平均±標準偏差。いずれも野菜なしより統計学的に有意に高い
たまねぎを入れるだけで、シス型が22.2%から59.3%へ、2.7倍近くになります。ミートソースやトマト煮の赤が、トマト缶そのものの赤より浅く見えるのは、煮込み時間だけのせいではありません。
色を取るか、吸収を取るか
ここで分岐します。シス型は体に吸収されやすく、ヒト試験ではトランス型の8倍以上という報告があります。
- 赤を濃く出したいなら——たまねぎとにんにくは別に炒めて、トマトを煮詰めた後から合わせます
- 吸収を取りたいなら——最初から一緒に煮ます
同じ一皿で両方は取れません。トマトソースを「見せる」料理なのか「食べさせる」料理なのかで決めます。
食材別の打ち手
決定表
| 食材 | 主な色素 | 色を保ちたいとき | 色を油へ移したいとき | やってはいけないこと |
|---|---|---|---|---|
| にんじん | β-カロテン | 油は少なく、高温で短く炒める | 多めの油で低温からじっくり | 透明容器で作り置きを窓際に置く |
| かぼちゃ | β-カロテン | 煮物にする(煮汁に色は出ない) | 素揚げして油ごと使う | 素揚げの油を捨てる(色と風味が入っている) |
| トマトソース | リコピン | たまねぎとにんにくを別に炒める | オリーブオイルと一緒に煮る | 赤を濃くしようと長く煮込む |
| 赤パプリカ | カプサンチン | 生のまま使う | 低温の油でゆっくり温める | 黄パプリカで代用する(色素量が6.4分の1) |
| 乾燥パプリカ・柚子皮 | カプサンチンほか | 褐色瓶か戸棚で遮光保存 | 油に浸けて時間をかけて引く | 透明瓶でコンロ脇に置く |
| とうもろこし | ルテイン | 加熱しても色は動かない | 油に移りにくいので向かない | — |
3つの色素で打ち手が逆になるところ
同じ「色を守る」でも、見るべき条件が色素ごとに違います。
| 色素 | 一番効く操作 | 見る条件 |
|---|---|---|
| クロロフィル | たっぷりの湯で短時間、すぐ冷やす | 時間 |
| アントシアニン | pHを3以下に振る、水に触れさせない | pHと水 |
| カロテノイド | 油の量と温度を決める、遮光して保存する | 油と光 |
青菜と同じ頭でにんじんを扱っても意味がありません。にんじんは急いで冷やす必要がなく、そのかわり瓶の置き場所を間違えると褪せます。
うまくいかせる条件
油へ移す手も、遮光して守る手も、成り立つ条件があります。
| 条件 | 内容 | 外すとどうなるか |
|---|---|---|
| 相手が脂溶性の色素であること | カロテノイドだから油へ移る | 水溶性のアントシアニンには効かない。同じ油に漬けても色は出ない |
| 油の温度を上げすぎない | 色を移すときは低温でゆっくり | 焦がすと焼き色の褐色が混ざり、狙った橙が濁る |
| 赤パプリカの6.4倍は生の重量あたり | 生100gあたりの含量で比べた値 | 乾燥品と生を同じ重量で比べると、水分量の差の分だけずれる |
| 遮光と同時に酸素を減らす | 瓶を小さくして空気の層を減らす | 遮光しても酸素があれば分解は進む。脂質酸化と同じ条件 |
| 色を残したいのか移したいのかを先に決める | 火加減と油の量が逆を向く | 決めずに作ると、野菜の色も油の色も中途半端になる |
本記事の紫外線の数値(波長366ナノメートル、距離約2センチ、1〜2日でほぼ無色)は、実験用の強い紫外線を当て続けた値です。室内の可視光ではこれよりずっと遅く進みます。速さではなく「向き」を決めるための数値として使ってください。
まとめ
- カロテノイドはpHでも加熱でもほとんど動かず、水にも溶けません。ゆで方や酸で色が変わることはありません
- 失われる道は2つだけです。油へ移る(これは損失にも道具にもなる)と、光と酸素で壊れる(これだけが本当の退色)
- 油へ移すか移さないかで火加減が逆を向きます。移したくないなら少ない油で高温・短時間、移したいなら多めの油で低温・長時間
- 加熱で赤が浅くなるのは分解ではなく異性化です。色素の量は減っていないので、吸収の面ではむしろ得になります
- この色素だけは、加熱時間より保存の置き場所のほうが結果を左右します
よくある失敗と対策
色が薄い・抜けた諦める
- なぜ
- 光と酸素で共役二重結合が酸化分解し、色素そのものが失われました
- どうする
- 褪せた色は戻りません。残りを褐色瓶に移し、戸棚で保存します
- 次から
- 自家製オイルや乾燥品は透明瓶で窓際に置かず、遮光して保存します
変色した・色が悪い部分的
- なぜ
- 加熱でリコピンがシス型に異性化し、吸収する光の波長がずれて赤が浅くなりました
- どうする
- 色は戻りませんが、色素の量は減っていません。トマトペーストを足して濃度で補います
- 次から
- 赤を濃く出したいときは、たまねぎとにんにくを別に炒めて後から合わせます
小さなコツ
色を油へ移す
赤パプリカを低温の油でゆっくり温めます
なぜ脂溶性なので油側へ移り、赤は黄の6.4倍の色素を持ちます
自家製オイルを遮光する
褐色瓶に入れ、コンロ脇ではなく戸棚に置きます
なぜ光と酸素が揃うと二重結合が切れ、色素が分解します