バジルペーストが黒くなるのは酸化じゃない|すりつぶしソースを粒度・酸素・温度で設計する

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すり鉢で作ったジェノベーゼは、翌日も緑が残っている。同じ材料をミキサーで回すと、回している最中から色がくすんでくる。

レシピを調べると「バジルに摩擦熱を与えないほうがいい」と書いてある。ただ、その先が書かれていません。何度までなら大丈夫なのか。ミキサーしか持っていない場合はどうするのか。

答えは温度にあります。ただし「熱を与えないこと」ではありません。

黒くなるのは酸化ではなく、酵素の反応

「酸化して黒くなる」という説明が広く流通していますが、主役は酸素そのものではありません。食材の中にいる酵素です。

すりつぶすと細胞が壊れます。それまで別の場所に収まっていた「色のもとになる物質」と「それを変色させる酵素」が、壊れた細胞の中で初めて出会う。そこに酸素があると反応が始まり、生まれた物質どうしが集まって黒っぽい色素になります。

この反応が酵素的褐変で、成立するには3つが揃う必要があります。

必要なものバジルペーストでは
色のもとになる物質(ポリフェノール)バジルの葉に含まれている
それを酸化させる酵素同じく葉の中。細胞が壊れて初めて接触する
酸素空気から供給される

3つのうちどれか1つを断てば止まります。 これが対策の設計図です。

潰す前 別の場所にいる =反応しない すりつぶす 細胞が壊れて出会う 空気中の酸素 酸素と反応 黒っぽい色素になる 色のもと 酵素
色のもとと酵素は、潰す前は細胞の別の場所にいる。すりつぶして初めて出会い、酸素があると反応が始まる。だから「切る・潰す」が引き金になる。

ミキサーが黒くする理由は3つある

上位のレシピが挙げるのは摩擦熱だけですが、実際には3つが同時に起きています。

何が起きているかすり鉢との差
1. 温度が上がる酵素がいちばん活発なのは 25〜45℃ の帯。室温20℃前後から摩擦熱で上がると、ちょうどこの帯に入っていくすり鉢は温度がほとんど上がらない
2. 空気を巻き込む高速回転は食材に気泡を混ぜ込む。3条件のうち酸素を、ミキサー自身が供給しているすり鉢は押し潰すだけで空気を抱き込まない
3. 細胞を壊し切る刃で徹底的に破砕するほど、酵素と色のもとが接触する面積が増える葉を潰しきらずムラが残るぶん、接触面が少ない

1番で起きているのは酸化ではありません。熱で酵素が働きやすくなるのです。温度が上がること自体が、酵素を最も活発な状態へ連れていってしまう。

すり鉢が有利なのは、昔ながらの道具だからではありません。3条件のうち温度と酸素の2つを同時に抑えられるという機序上の理由があります。

熱は敵ではない——中途半端な熱がいちばん悪い

酵素は熱で活発になりますが、熱が強すぎると壊れて働けなくなります。70℃以上になると失活します。

つまり温度には3つの帯があります。

温度酵素の状態
〜25℃動きが鈍い。反応は遅い
25〜45℃最も活発。反応がいちばん進む
70℃以上熱で壊れて止まる

摩擦熱で上がる範囲は、ちょうど真ん中の帯です。だから中途半端に温まるのがいちばん悪い。

室温 20℃ 摩擦熱で上がる 遅い 最も進む 弱まる 止まる 0℃ 25 45 70 90℃ 酵素がいちばん働く帯 ここを通すのがいちばん悪い 湯通しで一気に越える 数秒〜10秒→氷水 摩擦熱は温度を「最も進む帯」へ押し上げる。湯通しはそこを飛び越して酵素を壊す。 = 熱そのものが敵ではなく、どの帯で止めるかが分かれ目になる。
酵素の働きは温度で山を描く。摩擦熱が押し上げる先はちょうど山の頂上。70℃を越えれば酵素は壊れて止まる。

裏を返せば、もっと熱くすれば止まります。バジルを数秒から10秒ほど熱湯にくぐらせ、すぐ氷水に落とす。葉は薄いので、数秒でも芯まで熱が入って酵素は壊れます。逆に長く浸けると色も香りも損なうので、秒単位で引き上げて氷水で止めます。湯引きと同じ操作を、臭みではなく色を守るために使っています。緑が鮮やかになるのは、クロロフィルの色止めと同じ効果も同時に働くためです。

ミキサーしか無い場合の解も、同じ理屈から出てきます。刃と容器を冷やしておき、材料も冷やしてから短時間で回す。 温度を最適の帯に入らせないという発想です。

温度以外の手も3条件から導けます。

手段どの条件を断つか
湯通し(70℃以上)酵素を壊す
酸を加える(レモン汁など)酸性側で酵素の働きが落ちる(酸とアルカリ
ビタミンCを加える進んだ反応を引き戻す
表面を油で覆う酸素を断つ
材料と器具を冷やす酵素を活発な温度にしない

粒度が濃度と口当たりを決める

すりつぶしは、そもそも濃度をつけるための機構です。

すりつぶしソースの濃度は、溶けた成分ではなく固体の粒そのものが作っています。粒が液の動きを邪魔することでとろみになる。でんぷんが水を抱えて膨らむのとも、乳化が油の粒で濃度を作るのとも違う、第3の道です。

だから粒の細かさが仕上がりを決めます

粒度口当たり向く用途
粗い(すり鉢)舌に厚みと素材感が残るパンに塗る、肉に添える
細かい(ミキサー)滑らかで均一パスタに絡める、和える

すり鉢は粒の大きさがばらつきます。均一でないぶん舌触りに厚みが出て、パンにも塗り広げやすい。ミキサーは微細で均一になるので、パスタに絡ませるには有利です。

つまり道具の選択は、色だけでなく口当たりも同時に決めています。どちらが正しいかではなく、何に使うかで選ぶのが正解です。

生のまま潰すか、火を通してから潰すか

すりつぶしソースは、生のまま潰すものと火を通してから潰すものに分かれます。設計上の課題がまったく違います。

ソース主素材生/加熱主な設計課題
ペスト(ジェノベーゼ)バジル酵素による変色
サルサトマト・唐辛子生(加熱型もある)水分の分離
大根おろし・薬味大根・生姜酵素による辛味の生成
グアカモレアボカド酵素による変色
フムスひよこ豆加熱後粒度と油の分散
ババガヌーシュ焼きなす加熱後水分を抜く度合い
ロメスコ焼きパプリカ・ナッツ加熱後粒度の設計

生のまま潰すものは酵素が生きているので、変色や辛味の生成が起きます。酵素の管理が主課題です。大根おろしの辛味も、すりおろして細胞が壊れることで酵素が働いて生まれる。変色とは別の酵素ですが「壊すと反応が始まる」という構造は同じです。

火を通してから潰すものは、加熱で酵素がすでに失活しています。変色を心配する必要がない代わりに、粒度と水分・油の管理が主課題になります。

水分の扱いも素材で変わります。トマトのように水を多く含むものは放置すると水が分離するので、水を抜くか粒度で抱えるかの判断が必要です。ナッツや豆が主体のものは分離しにくい。

すりつぶしソースの油は、乳化していない

ペストにオリーブオイルをたっぷり入れると滑らかになりますが、これは乳化ではありません。

乳化は、油と水が細かい粒子になって混ざり合い、その粒子が濃度を作る現象です。ペストの油は粒の隙間を埋めて滑りをよくする媒体として働いています。濃度を作っているのは、あくまで固体の粒です。

油にはもう一つ役目があります。表面を覆って酸素を断つことです。保存容器で油が上に浮くのは、変色防止として機能しています。ただし油自体も酸化するので、長期保存では油の質と保存温度が問題になります。どの油を使うかで風味も変わります。

粉を使ったとろみ付けとの違いはとろみの科学で扱っています。

まとめ:粒度・酸素・温度の3つで設計する

  • 黒くなる主役は酸素ではなく酵素。色のもと・酵素・酸素の3条件のどれかを断てば止まる
  • ミキサーが黒くするのは、温度を酵素の最適域(25〜45℃)へ持ち上げ、空気を巻き込み、細胞を壊し切るから。すり鉢が有利なのには機序上の理由がある
  • **熱は敵ではない。70℃以上まで持っていけば酵素は止まる。**中途半端に温まるのがいちばん悪い。ただし湯通しは香りを失う
  • 濃度を作っているのは固体の粒。粒の細かさが口当たりと用途を決める。油は分散を助けるだけで濃度は作らない
  • 生のまま潰すなら酵素の管理、火を通してから潰すなら粒度と水分の管理が主課題になる