卵は温度に最も敏感な食材の一つです。わずか数度の違いで、とろとろの半熟からしっかり固まった固ゆでまで、食感が劇的に変わります。
本記事では、卵のタンパク質が温度でどう変化するかを科学的に解説し、「狙った固さの卵を作る」ための温度管理テクニックを紹介します。この記事を読めば、半熟卵・温泉卵・固ゆで卵を自在にコントロールできるようになります。
目次
卵のタンパク質と温度変化の基本
卵の火入れを理解するには、白身と黄身でタンパク質の凝固温度が違うという事実が鍵になります。
白身と黄身の凝固温度
| 部位 | 凝固開始温度 | 完全凝固温度 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 白身 | 約60℃ | 約80℃ | 透明→白く不透明に |
| 黄身 | 約65℃ | 約70℃ | 液状→クリーム状→固体に |
注目すべきは、黄身の方が白身より低い温度で固まり始めるということです。ただし、白身は60℃で凝固が始まるものの、完全に固まるには80℃が必要。一方、黄身は65-70℃で固まります。
この温度差を利用するのが「温泉卵」の原理です。
なぜ温度で固まるのか?
卵のタンパク質は、熱を加えると**変性(へんせい)**と呼ばれる現象を起こします。
- 生の状態: タンパク質は折りたたまれた状態
- 加熱すると: タンパク質がほどけて広がる
- さらに加熱: 隣のタンパク質と結合してネットワーク形成
- 結果: 液体から固体に変化
この変性は不可逆です。一度固まった卵は、冷やしても元には戻りません。詳しい化学反応については温度による食材変化の科学で解説しています。
温度別:卵の状態変化
温度管理の精度を上げるため、卵が各温度でどうなるかを詳しく見ていきましょう。
温度帯別の変化
| 温度帯 | 白身の状態 | 黄身の状態 | 代表的な料理 |
|---|---|---|---|
| 60℃未満 | 液状(生) | 液状(生) | 生卵 |
| 60-63℃ | わずかに白濁 | 液状 | 温泉卵の白身 |
| 63-65℃ | 柔らかく凝固 | とろとろ | 低温調理の温泉卵 |
| 65-68℃ | 柔らかく凝固 | クリーム状 | 理想的な温泉卵 |
| 68-70℃ | 固まりつつある | 半固体 | 半熟ゆで卵 |
| 70-75℃ | ほぼ固体 | 固まりかけ | やや半熟のゆで卵 |
| 75-80℃ | 完全に固体 | 固体(中心がややしっとり) | 固ゆで卵(しっとり) |
| 80℃以上 | 固くゴム状 | パサパサ | 固ゆで卵(硬め) |
ポイント:温泉卵の「逆転現象」
通常のゆで卵は「白身が固まって、黄身がとろとろ」ですが、温泉卵は「白身がとろとろで、黄身が半固体」という逆転が起きます。
これは、65-68℃という温度帯で長時間加熱することで:
- 白身:凝固開始温度は超えるが、完全凝固温度に達しない → 柔らかい
- 黄身:凝固温度に達する → しっかり固まる
という状態を作り出しているのです。
各国料理における卵の火入れ
卵の火入れは、各国の料理文化で異なるアプローチがあります。
日本:温泉卵と半熟へのこだわり
日本料理では、とろとろの半熟を好む傾向があります。
- 温泉卵: 65-68℃で20-30分加熱
- 半熟ゆで卵: ラーメンの味玉、丼物のトッピング
- 茶碗蒸し: 80℃以下でゆっくり蒸す(すが入らないよう)
温泉卵の名前の由来は、温泉の湯(約70℃)に卵を浸けて作ったことから。自然の温度管理を利用した調理法です。
フランス:ウフ・モレとスクランブル
フランス料理では、クリーミーで柔らかい火入れを重視します。
- ウフ・モレ(Œuf mollet): 白身は固まり、黄身はとろとろの状態。沸騰した湯で5-6分茹でる
- ウフ・ポシェ(Œuf poché): 酢を入れた湯で殻なしで茹でる。白身が黄身を包む
- スクランブルエッグ: 低温でゆっくり、クリーミーに仕上げる(強火は厳禁)
フランスのスクランブルエッグは、バターを加えながら湯煎または極弱火で作ることが多く、日本の炒り卵より格段にクリーミーです。
中華:強火と短時間
中華料理では、強火で手早くが基本です。
- 炒蛋(チャオダン): 強火で一気に炒め、ふんわり半熟に
- 蒸蛋(ジェンダン): 茶碗蒸しに似た蒸し卵、滑らかさ重視
- 茶叶蛋(チャーイェダン): 殻にヒビを入れて茶と香辛料で煮る
中華の炒り卵は、高温の油で一気に火を入れることで、外はしっかり、中はふんわりという食感を出します。
比較まとめ
| 文化 | 好まれる火入れ | 特徴的な技法 |
|---|---|---|
| 日本 | 半熟・とろとろ | 温泉卵、味玉 |
| フランス | クリーミー・柔らかい | 湯煎スクランブル、ポーチドエッグ |
| 中華 | ふんわり・強火 | 強火炒め、茶葉煮 |
つなぎとしての応用
卵はハンバーグやお菓子など、様々な料理で「つなぎ」として使われます。これは卵の火入れ特性を巧みに利用した技法です。
なぜ卵がつなぎに最適なのか
卵が「つなぎの王様」と呼ばれる理由は、加熱だけで凝固する、タンパク質豊富な液体という稀有な特性にあります。
| 液体 | タンパク質量 | 加熱で凝固? | つなぎとして |
|---|---|---|---|
| 卵 | 約12% | ○ 60-80℃で凝固 | 最適 |
| 牛乳 | 約3% | △ 膜はできるが固まらない | 不向き |
| 豆乳 | 約3% | × にがり等の凝固剤が必要 | 不向き |
| 血液 | 約18% | ○ 凝固する | 伝統料理で使用 |
卵がつなぎとして優れている4つの条件:
- 液体である → 素材の隙間に入り込める
- タンパク質が多い → しっかり固まる
- 加熱だけで凝固 → 凝固剤が不要
- 入手しやすく風味も良い → 汎用性が高い
3つの特性と調理への応用
卵には火入れに関連する3つの特性があり、それぞれ異なる調理に活用されます。
| 特性 | 仕組み | 代表的な料理 |
|---|---|---|
| 凝固性 | 加熱でタンパク質がネットワーク形成 → バラバラの素材を「接着」 | ハンバーグ、つくね、肉団子 |
| 起泡性 | 卵白が空気を抱き込む → 加熱で泡が固定される | スポンジケーキ、スフレ、メレンゲ |
| 乳化性 | 卵黄のレシチンが油と水を混ぜる | マヨネーズ、オランデーズソース、カスタード |
凝固性:ハンバーグのつなぎ
ハンバーグで卵がつなぎになる仕組み:
- 生の状態: 卵は液体で、肉粒子の隙間に入り込む
- 加熱すると: 卵のタンパク質が60-70℃で凝固開始
- 結果: 固まった卵が肉粒子同士を「接着」してまとめる
起泡性:スポンジケーキの構造
スポンジケーキがふわふわになる仕組み:
- 泡立て: 卵を泡立てると、タンパク質が空気を抱き込んだ膜を形成
- 加熱すると: タンパク質が凝固して泡が固定される
- 結果: ふわふわの構造が維持される
乳化性:マヨネーズの安定
本来混ざらない油と酢を混ぜられる仕組み:
- 卵黄のレシチン: 水と油の両方になじむ性質を持つ
- 乳化: 油の粒子を包み込み、水中に分散させる
- 結果: 分離しない安定したソースになる
血液を使うつなぎの伝統
卵と同様に「加熱で凝固するタンパク質豊富な液体」である血液も、伝統料理でつなぎとして使われてきました。
- ブーダンノワール(フランス): 豚の血と脂を腸詰めにしたソーセージ
- サングイナッチョ(イタリア): 豚の血を使ったチョコレートプディング
- 血腸(韓国): 豚の血ともち米を腸詰めにした料理
これらは卵の凝固特性と同じ原理を利用しています。血液のタンパク質が加熱で凝固することで、具材をまとめる役割を果たします。
実践:狙った固さの卵を作る
理論を理解したら、実践です。代表的な卵料理の温度管理テクニックを紹介します。
半熟ゆで卵(味玉用)
目標: 白身はしっかり固まり、黄身はとろとろ
- 卵は常温に戻す(冷蔵庫から出して20分)
- 沸騰した湯に静かに入れる
- 6分30秒~7分茹でる(Mサイズの場合)
- 氷水に5分浸けて急冷
- すぐに殻を剥く
ポイント: 茹で時間は卵のサイズと初期温度で変わる
- Sサイズ: 6分
- Mサイズ: 6分30秒
- Lサイズ: 7分
温泉卵
目標: 白身はとろとろ、黄身はクリーム状
方法1: 鍋で作る(温度計使用)
- 鍋に湯を沸かし、**68℃**に調整
- 卵を入れ、蓋をして20分キープ
- 途中で温度が下がったら弱火で調整
方法2: 炊飯器の保温機能
- 内釜に卵を入れ、かぶるくらいの湯を注ぐ
- 保温モードで30分
- 取り出して冷水で少し冷ます
炊飯器の保温温度は約70℃なので、温泉卵に最適です。
固ゆで卵(しっとり仕上げ)
目標: 黄身の中心までしっかり固まるが、パサパサしない
- 水から卵を入れる(急激な温度変化を避ける)
- 沸騰したら弱火に落として10分
- 氷水で5分冷却
注意: 12分以上茹でると、黄身が緑がかりパサパサになる。これは黄身の鉄分と白身の硫黄が反応するため。
目玉焼き(半熟)
目標: 白身は固まり、黄身はとろとろ
- フライパンを中火で温める
- 油を引き、卵を静かに割り入れる
- 弱火に落として蓋をする
- 2-3分で白身が固まったら完成
ポイント: 強火だと白身の端が焦げて、黄身に火が通る前にカリカリになる。弱火でじっくりが半熟の秘訣。
よくある失敗と対策
| 失敗 | 原因 | 対策 |
|---|---|---|
| ゆで卵の殻がむきにくい | 新鮮すぎる卵は白身と殻の間に隙間がない | ①産卵から1週間以上経った卵を使う ②茹でる前に卵の丸い方に小さな穴を開ける ③茹でた後すぐに氷水で急冷する |
| 黄身が緑色になる | 加熱しすぎによる硫化鉄の生成 | ①固ゆでは10分以内にする ②茹でたらすぐに冷水で冷やす |
| 温泉卵が固まりすぎる | 温度が高すぎる、または時間が長すぎる | ①温度計で68℃を正確に管理 ②20分を超えない ③取り出したらすぐに冷水で冷ます |
| スクランブルエッグがパサパサ | 火が強すぎる、または火を入れすぎ | ①弱火または湯煎で調理 ②半熟の状態で火を止める(余熱で仕上がる) ③バターや生クリームを加える |
まとめ
卵の火入れは、温度管理がすべてです。
覚えておきたい温度
| 状態 | 温度・時間 |
|---|---|
| 白身凝固開始 | 60℃ |
| 黄身凝固開始 | 65℃ |
| 温泉卵 | 68℃で20分 |
| 半熟ゆで卵 | 沸騰で6-7分 |
| 固ゆで卵 | 沸騰で10分 |
3つの原則
- 白身と黄身の凝固温度は違う → 温泉卵の原理
- 加熱しすぎは元に戻せない → 早めに火を止める
- 余熱も調理のうち → 氷水で急冷して調理を止める
次のステップ
- 温度による食材変化の科学 - タンパク質変性の詳しい解説
- 余熱を使いこなす - 火を止めた後の調理科学
- 煮るの技術 - 茹でる・煮るの温度管理
温度の科学を理解すれば、卵料理は「勘」から「技術」に変わります。ぜひ温度計を手に、理想の卵を追求してみてください。