コクの科学|うま味は強さ、コクは厚みと持続。足りないのはどちらか

コクの科学|うま味は強さ、コクは厚みと持続。足りないのはどちらか

この記事でわかること

  • コク味物質が無味のまま他の味を強める仕組み
  • うま味とコクが動かしている軸の違い
  • 厚みと持続をつくる3つの層と、それぞれの機序
  • 「コクが足りない」を症状から切り分けて打ち手を選ぶ手順

だしは取った、塩も決めた、うま味調味料も入れた。それでも「なんとなく物足りない」。この足りなさは、うま味をもう少し足しても埋まりません。動かしている軸が違うからです。

この記事が扱うのは、料理の科学の⑥「人がどう感じるか」の群のうち、それ自体は味ではないのに、他の味の出方を変えるものとしてのコクです。5つの基本味を扱う記事とは別の階層にあります。

味覚の記事群の中での立ち位置:それ自体に味がない2つ目のもの

基本味・辛味・コクを受容体で並べる

この群には、すでに「味覚ではないもの」が1つあります。辛味です。コクはそれとも違う理由で、基本味の外にいます。

感覚何が受容体を叩くかそれ自体に味があるか
甘味糖(T1R2/T1R3)ある
塩味ナトリウムイオン(ENaC)ある
酸味水素イオン(OTOP1)ある
苦味多様な化合物(T2R 約25種)ある
うま味アミノ酸・核酸(T1R1/T1R3)ある
辛味カプサイシンなど(TRPV1=痛覚の受容体)味ではないが、単独で感じる
コク(この記事)γ-グルタミルペプチドなど(CaSR=カルシウム感知受容体)無い

コクだけが「自分の味を持たない」

辛味は味覚ではありませんが、唐辛子をなめれば単独で辛さを感じます。ところがコク味物質は、試験された濃度では自分の味がしません。それなのに、隣にある塩味・甘味・うま味を強め、味の持続と口の中での広がりを増します。

だからコクは「足す味」ではなく、他の味の効き方を変える操作です。足す量を増やせば強くなる、という考え方が通用しません。何が足りていないかを先に決める必要があります。

コクは味ではない——無味のまま、他の味を変える

自分の味を持たないのに、他の味を強める

コク味物質の代表は、γ-グルタミルペプチドと呼ばれる短いペプチドの一群です。グルタチオン(にんにく・たまねぎに多い)や、γ-Glu-Val-Gly(帆立貝や魚醤に含まれる、アミノ酸3つのペプチド)がこれに当たります。

研究の記述はこうです。これらのコク味物質は、試験された濃度では自分の味を持たないのに、塩味・甘味・うま味といった基本味の強さを上げ、味の持続と口に広がる感じを増す。

単独でなめても何も起きず、料理に入れると味が変わる。この非対称が、コクを説明しにくくしている正体です。

受容体はカルシウムを感じるセンサー

コク味を受け取っているのは、CaSR(カルシウム感知受容体)というセンサーだと考えられています。名前のとおり、もともとは血中のカルシウム濃度を見張るためのセンサーで、味を感じるために作られたものではありません。

裏取りの筋道がはっきりしています。グルタチオンと γ-Glu-Val-Gly のコク味は、CaSR を狙って止める阻害剤を使うと有意に弱まりました。受容体を止めると効果が消えるのだから、この経路で効いている、と言えます。

強さには差があります。官能評価では、γ-Glu-Val-Gly のコク味強度はグルタチオンの12.8倍と報告されています(Flavour 4:11, 2015 の抄録による)。だから魚醤を数滴落としたときの効き方は、にんにくを足したときとは桁が違います。

うま味とコクの切り分け

2つは別の軸を動かしている

うま味コク
受容体T1R1/T1R3CaSR(カルシウム感知受容体)
単独で味があるかある無い
動かす軸強さ(どれだけ濃いか)厚みと持続(どれだけ広く、どれだけ長く)
足す物質グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸γ-グルタミルペプチド、含硫化合物、脂質、粘度
足りないときの症状味が薄い、ぼやける平板、すぐ消える

うま味は濃度を上げれば強くなります。ところが強くしても長くはなりません。持続と広がりを担っているのは別の仕組みです。

「うま味を足したのに物足りない」の正体

コクの成立条件について、山本隆はこう書いています。「口の中の数多くの味蕾(みらい)が刺激され、その活動が持続することが必須の条件であろう」。味蕾は、味物質を受け取る味細胞がまとまった小さな器官です。

必須条件が持続である以上、強さの軸をいくら上げても届きません。うま味調味料を足しても物足りなさが埋まらないのは、足す場所を間違えているからです。

押し上げる軸と、伸ばす軸 口に入れてからの時間 味の強さ うま味を足す 高くなるが、長さは変わらない 口に入れてからの時間 コクを足す 高さは同じで、長く尾を引く 破線はどちらも「足す前」。物足りなさがどちらの向きかを先に見分ける
「薄い」のか「すぐ消える」のかで、足すものが変わる。強さを上げても持続は伸びない

厚みと持続をつくる3つの層

厚みと持続は、機序の違う3つの層からできています。どれも「コクが出る」と言われますが、効く場所が別です。

① コク味物質——CaSR を叩く

山本隆は、コクを出す可能性のある物質として次の群を挙げています。台所の食材に置き直すとこうなります。

物質の群含む食材台所での足し方
含硫化合物(アリイン、S-プロペニルシステインスルホキシド、グルタチオン)にんにく、たまねぎ最初に油で炒めて土台に入れる
γ-グルタミルペプチド帆立貝、魚醤、醤油仕上げに数滴。加熱を長くしない
各種のペプチド(酵母由来、牛肉由来、メイラードペプチド)酵母エキス、熟成肉、しっかりつけた焼き色焼き色を先につけてから煮る
遊離アミノ酸の混合物かつおだしだしの段階で決める

出典: 物質の群は山本隆「おいしさとコクの科学」日本調理科学会誌 43(6), 2010、6.4)

② 粘度——舌にとどまる時間を延ばす

「とろみをつけるとコクが出る」は、経験則ではなく機序があります。

味蕾は舌の上に均一に散らばっているわけではありません。約70%は舌の後方にある有郭乳頭と葉状乳頭に集まっています。ここには溝があり、溝に入り込んだ物質は唾液で洗い出されにくいので、味細胞を長く刺激し続けます。

舌の前方にある茸状乳頭には溝がありません。だからここを長く刺激するには、液体そのものの粘りを上げて、舌の上にとどまる時間を延ばすしかありません。とろみがコクを出す要因のひとつとされるのは、この理由です。

実務ではこうなります。

  • 仕上げのバター(モンテ)、生クリーム、少量のでんぷん、乳化させたソースは、味を足さずに持続だけを延ばす操作です
  • ただし粘度を上げすぎると香りの立ち上がりが鈍ります。上げ幅は、持続が欲しい分だけにとどめます
  • 乳化の仕組みそのものは乳化の科学で扱っています

③ 脂質——分解されて初めて刺激になる

脂がコクになる仕組みは、思われているよりひとひねりあります。

純粋な油そのものは無味です。 油の正体であるトリグリセリドは水に溶けないので、味細胞を刺激できません。ところが口の中に入ると、舌の奥の溝の底に開いている小さな唾液腺(エブネル腺)からリパーゼが出て、トリグリセリドを脂肪酸とグリセリンに分解します。10秒ほどで分解が始まるとされます。

分解されて初めて、脂肪酸が味細胞を刺激できるようになります。奥歯でよく噛んでいるうちに脂の味が出てくるのはこのためです。

そのうえで、油の働き方には方向があります。油は明確な味を持たないまま、うま味と甘味を増強し、苦味を抑えます。だから脂を足すとコクが出ると同時に、輪郭がぼやけてキレが落ちます。脂の物性(融点と口どけ)は脂肪の融点と口どけの科学、味としての脂は脂肪の味の科学で扱っています。

3層の効き方を並べる

層何を動かすか味が出るまで入れすぎたときの症状戻し方
コク味物質基本味の強さと持続を同時に上げる口に入れてすぐ匂いが立ちすぎる(魚醤・酵母エキス)薄めるしかない。少量ずつ足す
粘度舌にとどまる時間を延ばすすぐ(口当たりから)重い、香りが立たない水分を足す。味も薄まる
脂質うま味と甘味を増強し、苦味を抑える噛み始めて10秒ほど重いだけで輪郭が消える酸(酢・レモン・ワイン)で切る

時間がコクを作る——熟成と煮込みの正体

専門家が挙げる例は全部「時間」

食の専門家が「コクがある」の例として挙げるものは、驚くほど揃っています。

  • 9か月熟成したチーズは、2か月熟成したチーズよりコクがある
  • 仕込みの長いワインは、若いワインよりコクがある
  • 6時間煮込んだスープは、1時間煮込んだスープよりコクがある

全部、時間の話です。その間に何が起きているか。山本隆はこう書いています。「時間をかけてじっくり待っている間に、あるいは調理をしている間に、素材から多様なエキス成分が溶け出てきて、その成分が味蕾を中心とした口の粘膜の受容器を刺激するところにコクの出発点がある」。

時間の代わりに物質を足す

ここから等式が出ます。時間がしていたのは物質を溶け出させることなので、その物質を直接足せば時間を買えます。 実際、熟成や調理時間の短い食べ物に物質を添加することで、てっとり早くコクを出すことも可能だとされています。

時間を買う材料何が入っているか使いどころ
魚醤(ナンプラー・しょっつる)γ-グルタミルペプチド仕上げに数滴。入れすぎると匂いが出る
熟成チーズの皮熟成中にできたペプチドスープや煮込みに入れて後で取り出す
酵母エキス酵母由来のペプチドごく少量。うま味と厚みが同時に乗る
焦がしたたまねぎ含硫化合物とメイラードペプチド土台に入れる。炒める時間の分だけ効く
干ししいたけの戻し汁グアニル酸と遊離アミノ酸だしの段階で合わせる

うま味成分どうしを組み合わせて強さを跳ね上げる話はうま味の相乗効果にあります。あちらは強さの軸、こちらは厚みの軸なので、両方使えます。

「コクが足りない」を切り分ける

症状別の切り分け表

感じている症状足りていない層第一手やりがちな外し方
薄い、ぼやける強さ塩を決め、うま味を足すコク味物質を足す(強さは上がらない)
最初はいいが、すぐ消える持続粘度をつける、脂質を足すうま味を足す(高さは上がるが長さは変わらない)
平板、単調厚みコク味物質を別々の系統から足す同じ系統を増やす(焦がしたまねぎを倍にする等)
重いだけで味が立たない脂質の入れすぎ酸を足して輪郭を戻すさらにうま味を足す(重さが増すだけ)

足す順番を決める

順番があります。強さ(塩・うま味)→ 厚み(コク味物質)→ 持続(粘度・脂質) の順です。

強さが出ていないうちに脂やとろみを足すと、重いだけで味が立たない一皿になります。しかも脂質と粘度は入れたら戻せません。脂は酸で切れますが、粘度は水分を足して薄めるしかなく、味も一緒に薄まります。

だから入れる前に決めます。味の相互作用そのもの(対比・抑制・相乗・変調)は味の相互作用で扱っています。

まとめ

  • コクは味ではありません。コク味物質は自分の味を持たないまま、塩味・甘味・うま味の強さと持続を上げます
  • 受容体は CaSR(カルシウム感知受容体)で、阻害剤で止めるとコク味も弱まります。固有の味質が無いので基本味には数えません
  • うま味は強さの軸、コクは厚みと持続の軸です。軸が違うので、うま味を足しても物足りなさは埋まりません
  • 厚みと持続をつくる層は3つ(コク味物質・粘度・脂質)で、効く仕組みが全部違います
  • 足す順番は、強さ → 厚み → 持続。強さが出ていないうちに脂を足すと、重いだけの一皿になります

よくある失敗と対策

旨味が乗らない回復できる
なぜ
うま味成分は足りているのに、CaSRを叩くコク味物質と脂質が乗っていません
どうする
魚醤・焦がしたたまねぎ・熟成チーズを少量足します
次から
だしの段階で含硫化合物を持つ食材(にんにく・たまねぎ)を入れておきます
味が薄い・ぼやけた回復できる
なぜ
粘度が低く、味物質が舌にとどまらないまま流れて持続が切れています
どうする
仕上げにバターか生クリームを合わせ、少量のでんぷんでとろみをつけます
次から
強さを決めてから、持続をつける工程を最後に置きます

小さなコツ

時間を買う

魚醤か酵母エキスをごく少量、仕上げに落とします

なぜ煮込みが溶かし出すはずの物質を、そのまま足していることになります

重さを切る

酢かレモン汁を数滴だけ加えます

なぜ脂質は苦味を抑えて味を丸めるので、酸で輪郭を戻します