バターチキンカレー(Murgh Makhani)は、1947年にデリーのMoti Mahalで生まれました。タンドーリチキンの売れ残りを、バターとトマトのソースで煮込んだのが始まりです。
一見シンプルなカレーですが、プロの仕上がりにはヨーグルトマリネの科学・タンドーリの高温焼き・トマトの酸味コントロール・スパイスの段階的投入という4つの技術が隠れています。本記事では、各工程の「なぜ」を解説しながら、家庭のオーブンとフライパンで本場の味を再現します。
完成の定義
| 要素 | 目標 |
|---|---|
| ソースの色 | 鮮やかなオレンジ〜赤褐色。黒ずんでいない |
| ソースの質感 | シルキーで滑らか。粒感やザラつきがない |
| 酸味 | トマトの酸味が穏やかに感じられるが、突出しない |
| チキン | 表面に焦げ目があり、中はジューシー。ソースと一体化しつつ食感が残る |
| 香り | カスリメティとギーの芳醇な香り。スパイスが粉っぽくない |
材料(4人前)
タンドーリチキン
| 材料 | 量 | 役割 |
|---|---|---|
| 鶏もも肉(骨なし) | 600g | もも肉は脂肪が多く、加熱してもパサつきにくい |
| 第1マリネ | ||
| レモン汁 | 大さじ1.5 | 表面のタンパク質を変性させ、第2マリネの浸透を助ける |
| カシミリチリパウダー | 小さじ1 | 辛味より赤い色を付与する |
| 塩 | 小さじ1 | 浸透圧で表面の水分を引き出し、味を入れる |
| 第2マリネ | ||
| プレーンヨーグルト | 100g | 乳酸が肉を軟化させる |
| ニンニクペースト | 大さじ1 | |
| 生姜ペースト | 大さじ1 | |
| ガラムマサラ | 小さじ2 | 香りの骨格 |
| クミンパウダー | 小さじ1/2 | |
| コリアンダーパウダー | 小さじ1 | |
| ターメリック | 小さじ1/4 | 色と抗酸化 |
マカニソース
| 材料 | 量 | 役割 |
|---|---|---|
| トマト缶(ホール、クエン酸無添加) | 400g | ソースのベース |
| カシューナッツ(生) | 25g(約18粒) | 甘みとコク。酸味の中和 |
| バター(無塩) | 50g | リッチなコクと酸味の緩和 |
| 生クリーム(乳脂肪35%以上) | 80ml | シルキーな質感 |
| ギーまたはサラダ油 | 大さじ2 | スパイスのブルーム用 |
| 玉ねぎ | 1/2個(みじん切り) | |
| ホールスパイス | ||
| グリーンカルダモン | 3個 | |
| クローブ | 2個 | |
| シナモンスティック | 1本(3cm) | |
| ベイリーフ | 1枚 | |
| パウダースパイス | ||
| カシミリチリパウダー | 大さじ1 | 色と穏やかな辛味 |
| ガラムマサラ | 大さじ1 | |
| クミンパウダー | 小さじ1 | |
| 砂糖 | 小さじ1 | 酸甘バランスの調整 |
| 塩 | 小さじ1(味を見て調整) | |
| 仕上げ | ||
| カスリメティ(乾燥フェヌグリーク葉) | 小さじ1 | 仕上げの香り |
手順
1. マリネ(前日に仕込む)
- 鶏もも肉を一口大(4-5cm)に切り、フォークで数か所刺す
- 第1マリネ(レモン汁+チリ+塩)を揉み込み、1時間置く
- 第1マリネの水分を軽く切り、第2マリネの全材料を加えてよく揉み込む
- ラップをして冷蔵庫で12-24時間寝かせる
2. タンドーリチキンを焼く(オーブン再現)
本場のタンドール窯は内部温度480℃に達しますが、家庭のオーブンでも十分な焼き色を付けられます。
- オーブンを220℃に予熱する
- 天板にアルミホイルを敷き、ワイヤーラック(網)を置く。肉の下に空気が通る状態にする
- マリネした鶏肉を網の上に並べる。余分なマリネは軽く落とす
- 220℃で15分焼く
- 上火(ブロイラー)に切り替え、さらに5-8分。表面に焦げ目がつくまで
| 温度帯 | 起こること |
|---|---|
| 140℃以上 | メイラード反応が始まり、焦げ目と香ばしさが生まれる |
| 160℃以上 | ヨーグルトとスパイスの糖がカラメル化し、タンドーリ特有の赤黒い焼き色が形成される |
| 74℃(中心温度) | 鶏肉の安全な加熱温度。ただし後でソースで煮るため、この段階では8割程度の火入れでよい |
3. マカニソースを作る
3-1. カシューナッツペーストを準備
- カシューナッツ25gを熱湯に15分浸ける
- 水大さじ2-3とともにブレンダーで滑らかなペーストにする
3-2. ソースを煮る
- 厚手の鍋にギーを入れ、弱火でホールスパイス(カルダモン・クローブ・シナモン・ベイリーフ)を1-2分、泡が出て香りが立つまで加熱する
- 玉ねぎを加え、中火で3-4分、透明になるまで炒める(焦がさない)
- トマト缶を加え、木べらで潰しながら中火で10-12分。完全に煮崩れてペースト状になるまで
- 火を止め、ハンドブレンダーで攪拌するか、ストレーナー(濾し器)で濾す。皮と種を完全に除去する
3-3. スパイスを加えて仕上げる
- 濾したソースを鍋に戻し、弱火にする
- パウダースパイス(カシミリチリ・ガラムマサラ・クミン)を加え、油の中で30-60秒炒める(ブルーム)。香りが立ち、生っぽさが消えるまで
- カシューナッツペーストを加え、3-4分弱火で煮込む
- バター50gを加え、溶かし混ぜる
- 砂糖・塩で味を調整する
- タンドーリチキンを投入し、弱火で8-10分煮込む
- 生クリーム80mlを加え、2-3分煮る
- カスリメティを手のひらで揉み潰してから加え、2-3分煮て火を止める
4. カスリメティの扱い
カスリメティ(乾燥フェヌグリーク葉)はバターチキンの香りを決定づけるスパイスです。主要香気成分はソトロンというラクトン化合物で、低濃度ではメープルシロップやカラメルのような甘い香りを放ちます。
よくある失敗と対策
| 失敗 | 原因 | 対策 |
|---|---|---|
| 酸味が強すぎる | トマトの加熱不足、またはクエン酸添加の缶トマト | トマトを油で10-12分しっかり炒める。クエン酸無添加缶を使う |
| スパイスが粉っぽい | 油でブルームしていない | パウダースパイスは必ず油で30-60秒加熱して香りを立たせる |
| 味がぼやける | 塩不足またはバター不足 | バターチキンは塩が肝。最後に必ず味見して調整 |
| チキンがパサつく | マリネ不足またはオーブンでの加熱しすぎ | 12時間以上マリネ。タンドーリは8割火入れでよい(ソースで仕上がる) |
| 苦味がある | カスリメティの入れすぎ、またはスパイスの焦がし | カスリメティは小さじ1以下。ホールスパイスは弱火で |
| ソースがザラつく | トマトの皮・種が残っている | 必ずストレーナーで濾す |
Moti Mahalの配合比率
発祥レストランの比率を知っておくと、味の調整の基準になります。
| 材料 | Moti Mahal比率 | 本レシピ |
|---|---|---|
| トマト | 16 | 400g(缶) |
| バター | 1 | 50g |
| 生クリーム | 1 | 80ml |
| カシューナッツ | 0.6 | 25g |
トマト : バター : 生クリーム ≒ 16 : 1 : 1 がMoti Mahalの黄金比率です。バターや生クリームを増やすほどリッチになりますが、トマトの酸味とスパイスの輪郭がぼやけます。
まとめ
バターチキンカレーの核心は3つです。
- ヨーグルトマリネ12-24時間: 乳酸+カルパイン酵素の二重メカニズムで鶏肉を軟化させる
- トマトを油で10-12分しっかり加熱: 酸味をコントロールし、甘みとコクを引き出す
- カスリメティは最後の2-3分: 苦味を出さず、香りだけを移す
タンドーリチキンは前日にマリネしておけば、当日のソース作りは30分程度。ナンやロティチャナイ、バスマティライスとともにどうぞ。
参考文献
- Gujral, Monish. (2009). On the Butter Chicken Trail. Moti Mahal創業者の孫による公式レシピと歴史
- McGee, Harold. (2004). On Food and Cooking. ヨーグルトマリネによるタンパク質変性の科学について
- 水野仁輔. AIR SPICE. Moti Mahal本店取材に基づくカスリメティの扱い
- Dewanto, V. et al. (2002). Thermal Processing Enhances Nutritional Value of Tomatoes. Journal of Agricultural and Food Chemistry.