この記事でわかること
- イタリア料理が地方で違う理由
- 脂も乳も麺も、その土地でよくできるものを使ってきた
- 北と南の脂の違い
- オリーブ畑とDOPの油は南、DOPのチーズは北に多い
- 北と南のパスタの違い
- 南はデュラム小麦と水の乾麺、北と中部は卵の生パスタ
- DOPの名が保証するもの
- 作り方と産地。おいしさの順位ではない
- 家で作るときの組み合わせ
- 1皿の脂・パスタ・チーズを1つの土地から選ぶ
ボロネーゼを作るのに、手元のオリーブオイルを使うか、バターにするかで迷います。チーズはパルミジャーノか、ペコリーノか。パスタは乾麺か、卵の生パスタか。どれもイタリアの食材ですが、組み合わせると、どこの料理でもない1皿になります。
イタリア料理が地方ごとに違うのは、脂も乳も麺も、その土地でよくできるものを使ってきたからです。1891年に各地の家庭料理を集めた料理書は、揚げ物に使う脂が土地ごとに違うと書いています。
今のオリーブ畑と原産地呼称の分布も、同じ向きに分かれています。
この記事では、イタリア料理が土地ごとに脂・乳・麺をどう使い分けてきたかと、なぜその違いを名前ごと守ろうとするのか、家で作るときに1皿をどの土地の組み合わせに揃えるかを扱います。
1皿に入れる素材の数(登録されたボロネーゼは香草とにんにくを入れない)はイタリア料理がシンプルな理由で、日本・中国・フランス料理と並べた違いはイタリア料理の特徴で扱います。
土地の料理を守ることと素材を少なくすることが、それぞれ台所のどの場面に効くかはイタリア料理の考え方にまとめています。
脂も乳も、その土地でよくできるものを使う
その料理書は『La scienza in cucina e l’arte di mangiar bene(ラ・シェンツァ・イン・クチーナ。台所の科学とおいしく食べる技)』です。
書いたのは、フィレンツェに住んだペッレグリーノ・アルトゥージです。鶏をトマトと揚げる料理の項で、どの土地の人も自分の土地で一番よくできる脂で揚げる、と書いています。
トスカーナは油、ロンバルディアはバター、エミリアは白く固く、ローリエの香りのするラードです。アルトゥージ自身は、揚げ物には油よりラードのほうが味がよいと書いています。
アルトゥージの脂と、今の DOP(原産地呼称保護。全工程を産地で行う)のチーズを土地ごとに並べると、次のようになります。
| 土地 | 脂 | パスタと米 | DOP のチーズ |
|---|---|---|---|
| ミラノ(ロンバルディア) | バター | 米(リゾット) | グラナ・パダーノ |
| ボローニャ(エミリア) | 豚の脂(ラード・豚ばら肉) | 卵の生パスタ | パルミジャーノ・レッジャーノ |
| ナポリ(カンパーニャ) | オリーブオイル | デュラム小麦の乾麺 | モッツァレラ・ディ・ブーファラ(水牛) |
出典: 脂はアルトゥージの料理書の209番、ナポリはピッツァの仕様書。チーズは eAmbrosia で、州をまたぐものは主な州に置いた。
北と南で、脂と乳と麺が分かれている
油は南、チーズは北に集まっている
2012年の統計では、オリーブ畑は国全体で約111万haあり、そのうちプーリア・カラブリア・シチリアの南の3州で約63%を占めます。中部は18%です。
EU の登録簿で、イタリアの食品の DOP と IGP(地理的表示保護。少なくとも1工程を産地で行う)を品目と土地で数えると、油とチーズで向きが逆になります。
| 品目 | DOP・IGP の登録数(件) | 北(件) | 中部(件) | 南と島(件) |
|---|---|---|---|---|
| オリーブオイル | 51 | 8 | 13 | 30 |
| チーズ | 56 | 33 | 6 | 17 |
| バター | 0 | 0 | 0 | 0 |
出典: オリーブ畑は ISTAT(イタリア統計局)の2012年の調査。登録数は eAmbrosia(2026年11月2日に数えた)。北・中部・南と島は ISTAT の地域区分。
イタリアの食品の DOP・IGP は全部で333件(DOP 175・IGP 158)で、EU で最も多い数です(フランスは283件)。
北のチーズの多くは牛の乳で作り、牛の乳からはバターもとれます。バターには DOP の登録が無いので、北の脂がバターだということは、アルトゥージの一文とチーズの分布から言っています。
乾燥パスタは南で、干して運べる形になった
乾燥パスタの IGP は、ナポリの近くのパスタ・ディ・グラニャーノです。仕様書は、デュラム小麦のセモリナと地元の水だけで作り、水分12.5%以下まで乾かすと書いています。
ブロンズの型で押し出した表面はざらつき、仕様書はナポリのソースによく合うとしています。昔は地中海の気候を使って屋外で干しました。
乾いた麺は長く保つので、遠くまで運べます。アルトゥージもフィレンツェの台所で「ナポリ風の長いマカロニ」を使っています。表面と形でソースを選ぶ話はパスタの種類にあります。
卵の生パスタは北と中部に残っている
卵のパスタの IGP は、マルケのマッケロンチーニ・ディ・カンポフィローネと、エミリアのフェッラーラのカッペラッチ(かぼちゃの詰め物)です。アルトゥージのタリアテッレも卵と粉だけでこね、水を入れません。
麺の分布は、小麦や卵の産地の統計ではなく、IGP の登録とアルトゥージの料理書から言っています。生パスタの基本は粉100gに卵1個で、作り方は生パスタの作り方にあります。
名前が土地を離れると、中身が変わる
アルトゥージは、各地の家庭の料理を集めて名前の混乱を書いた
アルトゥージの料理書は、手に入れた各地の家庭の配合を、自分で作り直して載せています。ナポリ風のマカロニの1つめは、ナポリの北のサンタ・マリア・カプア・ヴェテレの家庭から得た配合です。
同時に、同じ料理が土地で別の名前を持つことに困っています。トスカーナの魚のスープ(カッチュッコ)は、アドリア海側ではブロデットと呼びますが、フィレンツェのブロデットはパンを卵でとじたスープです。
アルトゥージは、州と州のあいだの言葉の混乱を「第二のバベル」と書きました。
アルトゥージの本では、ナポリ風が別の料理になっている
アルトゥージの本の中に、ナポリの名前で中身が置き換わった料理が2つあります。
| 料理名 | アルトゥージの本での中身 | 置き換わったもの |
|---|---|---|
| ナポリ風マカロニ(2つめ) | バターと油のトマトソース | 脂にバター、チーズにパルミジャーノ |
| ナポリ風ピッツァ | リコッタのタルト | 生地も具も菓子のもの |
出典: アルトゥージの料理書の86番と609番。マカロニは300gに、炒めにバター30g・油大さじ2、トマト500g、仕上げにバター50gとパルミジャーノ。ピッツァはタルト生地にリコッタとアーモンドのクリームを詰めて焼く。
この2例から分かるのは、名前だけが土地を離れると、中身は移った先の台所の素材に置き換わることです。イタリアの人がなぜ地方の料理を守るのかを直接書いた一次情報は、この記事では確かめていません。
DOP と IGP は、作り方と産地を名前に結びつける
今の EU の原産地呼称は、名前と、作り方と、産地を結びつけて登録します。DOP は全工程を、IGP は少なくとも1工程を産地で行います。
名前が保証するのは、どこで、どう作ったかです。欧州委員会の説明も、産地との結びつきの強さで DOP と IGP を分けていて、味の順位はつけていません。
だから家で DOP の名を見るときは、高いものほどおいしいと読むのではなく、どの土地の組み合わせの1つかとして読みます。
パルミジャーノのような熟成チーズが料理に塩とうま味をどれだけ足すかはイタリア料理のうま味にあります。
家で作るときは、1皿を1つの土地で揃える
脂とパスタとチーズを、同じ土地から選ぶ
作りたい料理がどこの料理かを先に選び、その土地の脂・パスタ・チーズを揃えます。
| 作りたい1皿 | 脂(g) | パスタ・米・生地 | チーズ |
|---|---|---|---|
| ミラノ風リゾット(5人分) | バター80 | 米500g | パルミジャーノ(量は原文に無い) |
| ボローニャのラグー(6人分) | 生の豚ばら肉150、溶かすオリーブオイル約40 | 卵のタリアテッレ | パルミジャーノ・レッジャーノ |
| ナポリのピッツァ(1枚) | エキストラバージン4〜5 | 粉・水・塩・酵母の生地180〜250g | 水牛のモッツァレラ80〜100g |
出典: ミラノはアルトゥージの料理書の78番、ボローニャは2023年の登録ラグー(オリーブオイルは原文の大さじ3を約40gに換算)、ピッツァは EU 規則 No 97/2010。
ボローニャのラグーは油も使いますが、脂の主役は豚ばら肉で、油はそれを溶かす役です。脂の主役を1つの土地のものにします。
バターとチーズを仕上げに混ぜて脂と水をつなぐ操作はマンテカーレにあります。エキストラバージンは、生で食べるときと仕上げにかけるときに香りが残ります。
混ぜたくなったら、どこの料理かを先に選ぶ
手元にバターしか無い、パルミジャーノしか無い、という日はあります。そのときは素材を混ぜるより、手元の素材が揃う土地の料理に作るものを替えます。
バターとパルミジャーノがあれば、ミラノのリゾットかボローニャのタリアテッレに替えます。オリーブオイルと乾麺しか無ければ南の料理に替えて、仕上げのバターは足しません。
日本料理は時期で、イタリア料理は土地で分ける
同じ料理の味の違いを、日本料理は時期で、イタリア料理は土地で言い分けます。
| 料理体系 | 同じ食材の違いを何で分けるか | 例 |
|---|---|---|
| 日本料理 | いつ獲れたか(走り・旬・名残) | かつおの脂は春獲り0.5g・秋獲り6.2g(100gあたり) |
| イタリア料理 | どの土地の脂・乳・麺で作るか | ミラノのリゾットはバター、ナポリのピッツァはオリーブオイル |
出典: 日本料理の旬、アルトゥージの料理書、ピッツァ・ナポレターナの仕様書。
日本料理は同じ食材を時期で料理し分け、イタリア料理は同じ料理名を土地の素材の組み合わせごと残します。
うまくいかせる条件
| こんなとき | どうするか | 分かれ目 |
|---|---|---|
| 卵の生パスタが無い | ボローニャのラグーには、卵の乾燥タリアテッレを選ぶ | 卵の生地か、デュラム小麦と水の生地か |
| ナポリのピッツァにチーズを足したい | 水牛のモッツァレラを1枚80〜100gにする | パルミジャーノは北のチーズ |
よくある失敗と対策
バターが焦げた諦める
- なぜ
- リゾットの玉ねぎを炒めるうちにバターの水が飛び、150℃付近を超えて乳たんぱく質と乳糖が焦げました
- どうする
- 焦げた味は抜けません。鍋を洗い、バターを入れ直して炒め直します
- 次から
- 中弱火で、泡が立っているうちに玉ねぎを入れ、色づく前に米へ進みます
香りが弱い・飛んだ部分的
- なぜ
- エキストラバージンを全部最初の炒めに使い、香りの成分が煮るあいだに揮発したと考えられます
- どうする
- 皿に盛ってから、同じオイルを1人分5gほど生でかけます
- 次から
- 炒める分と仕上げにかける分を分け、香りを立てる分は火から外してから使います
油っぽい・重い部分的
- なぜ
- トマトソースにバターとオイルの両方を足し、多すぎた脂が水とつながらずに分かれて浮きました
- どうする
- パスタの茹で汁を大さじ2ずつ足して、鍋をゆすって脂を絡めます
- 次から
- 1皿の脂の主役は1つの土地のものを選び、量は配合どおりにします
地方の料理を家で作るときの3つ
家でイタリアの地方の料理を作るときは、次の3つを見ます。
- 作る料理の土地を先に選び、1皿の脂・パスタ・チーズをその土地から揃えます
- 北のミラノはバターと米、ボローニャは豚の脂と卵のパスタ、南のナポリはオリーブオイルとデュラム小麦の乾麺です
- DOP・IGP の名は、高いものを選ぶ印ではなく、どの土地の組み合わせかを読む印です
参考文献
- Pellegrino Artusi『La scienza in cucina e l'arte di mangiar bene』(初版1891年。Project Gutenberg #59047 は後の版。209番の揚げる脂の土地の違い、78番のミラノ風リゾット、85・86番のナポリ風マカロニ、609番のナポリ風ピッツァ、魚のスープの名前の混乱)
- ISTAT「Le principali coltivazioni legnose agrarie, anno 2012」(2014年6月。オリーブの栽培面積1,110,706ha、プーリア34%・カラブリア16.4%・シチリア12.4%で約63%)
- 欧州委員会 eAmbrosia(地理的表示の登録簿。2026年11月2日に、登録済みの食品の PDO・PGI を国別・品目別に数えた)
ほか4件を見る
- European Commission「Geographical indications and quality schemes explained」(PDO は全工程を産地で、PGI は少なくとも1工程)
- Accademia Italiana della Cucina「Ricetta aggiornata del tradizionale del ragù alla bolognese」(2023年4月20日 ボローニャ商工会議所に登録。6人分で生の豚ばら肉150g・オリーブオイル大さじ3)
- Commission Regulation (EU) No 97/2010, Annex II「Pizza Napoletana」TSG 仕様書(エキストラバージンオリーブオイル4〜5g、水牛のモッツァレラ80〜100g)
- IGP「Pasta di Gragnano」仕様書(2013年の EU 登録時の版。デュラム小麦のセモリナと地元の水、ブロンズの型、水分12.5%以下、生産はグラニャーノの町)