だし、香味油、果実酒、果実酢。別々の技法のように見えます。
どれも素材から成分を液体に移す技法で、違うのは何に取るかだけです。
抽出は溶媒を選ぶことから始まる
| 何に取るか | 代表的な技法 | 取れるもの |
|---|---|---|
| 水で取る | だし・フォン・ブイヨン・湯 | うま味・ゼラチン |
| 油で取る | 香味油・辣油 | 香り・辛味 |
| 酒で取る | 果実酒・ハーブ酒 | 酸味・糖・香り |
| 酢で取る | 果実酢・ハーブビネガー | 酸味・香り |
| 砂糖で取る | 梅シロップ・フルーツシロップ | 果実の水溶性成分 |
**溶媒が決まると2つのことが決まります。**①何が取れるか ②どんな手法が使えるか。
ただし砂糖だけは性質が違います。**溶媒を用意せず、素材から水分を引き出して溶媒を作らせます。**だから他の4つと同じ軸では比べられません(最後の節で扱います)。
順に見ていきます。
軸1:何が溶けるか
| 溶媒 | 取れるもの |
|---|---|
| 水 | 水溶性(うま味・酸味・糖・色素・ゼラチン) |
| 油 | 脂溶性(香気成分・辛味成分) |
| 酒 | 両方 |
| 酢 | 水溶性+酸があると溶けるもの |
香気成分の多くは脂溶性で、水にほとんど溶けません(テルペン類・アルデヒド類・フェノール類など)。だから香りを取りたいなら油か酒を選びます。
**酒だけが両方に届きます。**水とアルコールの混合物なので中間に立ちます。度数がその配分を決めます。
**酢は酸で溶けるものに届きます。**代表がカルシウムで、南蛮漬けで骨まで食べられるようになるのがこれです。
判断の順序はここから決まります。取りたいものが水溶性か脂溶性かを先に決めると、溶媒が絞られます。
軸2:加熱できるか
| 溶媒 | 主成分の沸点 | 加熱できるか |
|---|---|---|
| 水 | 100℃ | できる |
| 油 | 200℃以上 | できる |
| 酒 | 78.4℃(エタノール) | できない |
| 酢 | 118℃(酢酸) | できる |
溶媒が水より先に飛ぶかどうかが分かれ目です。酒だけが水より低いので、温めると溶媒そのものが失われます。
これが使える手法を変えます。温めた溶媒を素材にかける手法は水(湯を注ぐ)・油(高温注油法)・酢(温めて24時間)にあり、酒にだけありません。
酒は温度が使えないので時間で稼ぎます。だからハーブ酒は3日〜1か月かかります。
なお温度は「速さ」だけでなく「何が出るか」も変えます。水では低温でうま味、高温長時間でゼラチンと、取れるものが入れ替わります。だから時間だけを写しても再現できません。
素材が決めること——引き上げるか、出しきるか
溶媒を選んだあと、素材が作法を決めます。
| 素材 | やること | |
|---|---|---|
| 引き上げる技術 | 昆布・かつお節・ハーブ・果実の皮 | 狙った成分が出たら止める |
| 煮出す技術 | 骨・肉 | 出るだけ出す |
分かれ目は成分がどこにあるかです。表面近くにあるもの(ハーブの香り)は早く出て、内部にあるもの(果肉の酸味・骨のゼラチン)は時間がかかります。
そして引き上げる技法にも種類があります。止める理由が違います。
| 技法 | 引き上げる理由 | 放置すると |
|---|---|---|
| ハーブ酒 | 味が落ちる | 苦味が出る |
| 果実酢 | 傷む | カビが生える |
| ハーブビネガー | 見た目が悪くなる | 濁る |
対して果実酒は引き上げなくてよい。アルコールが防腐も兼ねるので、熟成で良くなる方向に進みます。
取れたものの使い方が違う
| 溶媒 | 抽出物 | どう使うか |
|---|---|---|
| 水 | だし・フォン | 主役の液体 |
| 油 | 香味油 | 回しかける・炒める(それ自体が調理媒体) |
| 酒 | リキュール・果実酒 | そのまま飲める |
| 酢 | 果実酢・ハーブビネガー | そのままの濃度では使わない |
酢だけ薄めるのは、酸度3〜5%が強すぎるからです。だから濃く作ってよいという設計になります。
逆に水は飲める濃度に合わせる必要があります。昆布の量と時間を測るのはこのためです。
つまり溶媒は「何を取るか」だけでなく「取ったものをどう使うか」まで決めています。
抽出と臭み取りは同じ現象を逆から見ている
成分を液体に移すという物理は、取り出したいときと、取り除きたいときの両方に使われます。
| 溶媒 | 取り出す | 取り除く |
|---|---|---|
| 水 | だし | 湯引き(湯に臭みを移して捨てる) |
| 酢 | 果実酢 | 酸洗い |
| 酒 | 果実酒 | 酒類洗い |
| 油 | 香味油 | 対応する技法がない |
**油だけが欠けています。**そしてこれは技法の偶然ではなく、臭み成分の性質から説明できます。
なぜ油では臭みを取れないのか
臭みには性質の違う2つの型があり、どちらも油では扱えません。
| 臭みの型 | 性質 | どこにあるか | 対処 |
|---|---|---|---|
| 魚の生臭さ(トリメチルアミン・アンモニア) | 水溶性・アルカリ性 | 身の水分の中 | 水で流す/酸で中和/酒で飛ばす |
| 獣臭(分岐鎖脂肪酸) | 脂溶性 | ★脂肪の中 | ★脂を削ぎ落とす |
1つ目は**極性が合いません。**トリメチルアミンやアンモニアは水溶性でアルカリ性なので、水・酢・酒が届きます。油には溶けません。
2つ目は逆の理由です。羊肉の臭みは分岐鎖脂肪酸(4-メチルオクタン酸など)によるもので、脂肪に多く含まれています。脂溶性ではあるのですが、すでに脂の中にあります。だから油を足すのは逆方向で、対処は脂身をトリミングして減らすことになります。
なお揚げる操作は臭みに効きますが、これは油が溶媒として働いているのではなく、高温の熱媒体として揮発させているためです。湯引きのように「溶媒に移して捨てる」のとは機序が違います。
残る香りで覆う技法は、移すのではなく重ねる操作です。ここでは油やハーブが使えますが、これも取り除いてはいません。
同じ溶媒でも目的が変われば操作が反転します。酒を加熱すれば臭みを飛ばし、加熱しなければ溶媒として働きます。
だから臭み取りを学ぶと抽出も分かります。同じ現象の裏表です。
砂糖は溶媒を持ち込まない
4溶媒に並ばないものが1つあります。
梅シロップは水を一滴も入れません。梅と氷砂糖だけで、2週間後には瓶いっぱいの液体になります。出てくるのは梅の水分で、砂糖の浸透圧が引き出したものです。
| 溶媒を用意するか | 何が溶媒になるか | |
|---|---|---|
| 水・油・酒・酢 | 用意する | 用意したもの |
| 砂糖 | ★用意しない | ★素材の水分 |
だから砂糖は5つ目の溶媒ではありません。「何に取るか」ではなく「溶媒をどう作るか」という別の軸にあります。
取れるものは水と同じ(水溶性の成分)です。違うのは素材から水を奪うという副作用で、そこから2つの帰結が出ます。
- 果実が縮む——だからゆっくり溶ける氷砂糖で急変を抑える
- ★発酵しやすい——糖液には酒の20度や酢の3〜5%に当たる守りがない
同じ浸透圧を水を捨てる目的で使えば浸透圧脱水になります。砂糖も塩も「出す」技術で、狙いが液体か素材かで呼び方が変わるだけです。
まとめ:溶媒を決めてから温度と時間を決める
- 取りたいものが水溶性か脂溶性かで溶媒が絞られる。酒だけが両方に届き、酢は酸で溶けるものに届く
- 溶媒の沸点が加熱できるかを決め、それが使える手法を決める。4つのうち酒だけが加熱できない
- 温度は速さだけでなく何が出るかも変える。だから時間だけを写しても再現できない
- 素材が作法を決める。表面近くの成分は引き上げ、内部の成分は出しきる
- 引き上げる理由は3種類(味が落ちる/傷む/見た目)。果実酒だけは引き上げ不要
- 取ったものの使い方まで溶媒が決めている。水は飲める濃度に合わせ、酢は濃く作って薄める
- 抽出と臭み取りは同じ現象の裏表
- ★砂糖は5つ目の溶媒ではない。溶媒を持ち込まず素材から作らせる。だから守りがなく発酵しやすい
- ★油だけが臭み取りに使えないのは偶然ではない。良い香りは脂溶性、臭みは水溶性側か脂そのもの。同じ性質が油を香りに最良・臭みに最悪にしている