低温調理は温度計なしで成り立たない|炊飯器の保温を各社の公表値で確かめる

この記事でわかること

  • 炊飯器の保温が一定温度を保つ機能ではないこと(メーカー3社の公表値)
  • 加熱条件の「63℃で30分」が湯ではなく肉の中心温度を指していること
  • 公的機関が名指しで否定している温度計なしの作り方
  • 最初に買うべき道具が低温調理器ではなく中心温度計である理由

「炊飯器の保温でサラダチキンが作れる」というレシピは、検索すればいくらでも出てきます。低温調理器も温度計も持っていない人にとっては、いちばん手が届く方法に見えます。

この記事の答えを先に書きます。炊飯器の保温で加熱した肉は、公表されている加熱条件を満たしたかどうかを確認できません。 「必ず食中毒になる」という意味ではありません。満たしていることもあれば満たしていないこともあり、どちらだったかが作った本人にも分からない、という意味です。

理由は2段あります。1段目は、保温が一定の温度を保つ機能ではないこと。これはメーカー自身が公式に書いています。2段目は、仮に温度が合っていたとしても、加熱条件の「63℃で30分」が指しているのは湯の温度ではなく肉の中心温度だということです。

低温調理の安全は、菌を殺す条件・菌を増やさない条件・条件を満たしたと確認できる条件の3つの積で決まります(関係は低温調理の安全条件にあります)。この記事はその3つめを、道具の側から引き受けます。最後に、何があれば「確認できる」状態になるのかまで書きます。

炊飯器の保温は「温度」ではなく「動作」である

炊飯器の保温を低温調理に使う説明は、たいてい「保温はだいたい70℃だから、63℃を超えていて安全」という形をしています。この前提から確かめます。

メーカー3社の公表値を並べる

家電のまとめ記事ではなく、メーカーが自社サイトで公表している記述だけを並べます。

メーカー保温温度について公表している内容
タイガー魔法瓶炊飯器の保温機能の温度は「メーカーや機種によって多少異なるものの、一般的には約60度〜約75度」。自社の低温調理メニュー(「クッキング低温」)は「内なべ内の液体の温度を約63度〜約70度の範囲で保」つ
日立IHタイプ(圧力式・非圧力式とも)の保温低(工場出荷時の設定)は「平均約64℃となりますが、タイミングにより、熱いときとぬるいときがあります」。保温高は「約74℃を維持します」
パナソニック「保温は、雑菌が繁殖しないよう一時的に温度を上げることがあるため、一定の温度ではありません。そのため、60℃、70℃など特定の温度指定はできません」

出典:タイガー魔法瓶「炊飯器で低温調理はできる?」、日立「保温温度はどのくらいですか」、パナソニック ジャー炊飯器 FAQ「炊飯器の保温温度は変更できるか」。いずれも内釜(湯)の温度であり、食材の中心温度ではありません。

3社を並べると、「だいたい70℃」という一つの数値はどこにも無いことが分かります。公表されているのは、タイガーが一般論として挙げる約60度〜約75度という15℃の幅と、日立の保温低・保温高という2つの設定値、そして「特定の温度指定はできません」というパナソニックの回答です。

なお、象印の保温温度(高め約73℃・低め約60℃)という値も広く流通していますが、公式ページの原文を確認できなかったため、この記事では扱いません。

保温は一定温度を保つ機能ではない

もっと重要なのは、幅の広さではなく温度が動くことです。日立はIHタイプ(圧力式・非圧力式とも)について、保温中の温度をこう説明しています。

炊飯直後は熱いですが、その後、50℃〜55℃程度まで下がります。6時間ごとに約74℃に加温します

つまり保温は、設定した温度に張り付く動作ではありません。下がっては上げ直す、上下する動作です。パナソニックの「一定の温度ではありません」も、日立の「タイミングにより、熱いときとぬるいときがあります」も、同じことを別の言葉で書いています。

50〜55℃という下限が何を意味するかは、危険温度帯は何℃かで扱った管理温度と突き合わせると分かります。厚生労働省が示す管理温度は10℃以下または65℃以上で、50〜55℃はそのどちらにも当たりません。加熱しているつもりの時間帯が、菌を増やさないための条件を満たしていない時間帯にもなっているということです。

しかも、これらの数値はいずれも「炊いたご飯を保温している」状態のものです。内釜に湯を張って肉の袋を沈めた状態は、メーカーが温度を公表している条件そのものではありません。手元の炊飯器がその状態で何℃になっているかは、公表値からも読めません。

保温がこう作られているのは、この機能がご飯のためのものだからです。タイガー魔法瓶は、保温が約60度〜約75度である理由を2つ挙げています。1つはご飯が傷まないように雑菌の繁殖を防ぐこと、もう1つはメイラード反応による黄ばみを抑えることです。肉の中心温度を公表条件どおりに保つことは、設計の目標に入っていません。

炊飯器メーカー自身が低温調理を否定している

タイガー魔法瓶は、自社の炊飯器について次のように書いています。

「低温調理」機能のついていない炊飯器で低温調理をすることは、調理の失敗や食中毒の可能性に加え、炊飯器の故障につながることもあり、大変危険です。

温度が低すぎれば加熱が不充分になり、加熱殺菌が満足にできずに食中毒を引き起こすおそれがあります。

同じページで、低温調理メニューを持つ機種については「内なべ内の液体の温度を約63度〜約70度の範囲で保」つと、保温とは別枠で説明しています。同じ炊飯器の中でも、低温調理メニューと保温は違う動作として設計されているということです。保温を低温調理メニューの代わりに使うことは、メーカーの想定にありません。

温度が合っていても「確認できた」ことにはならない

ここからが2段目です。仮に手元の炊飯器の保温が63℃以上で安定していたとしても、それだけでは条件を満たしたことになりません。

条件の「63℃で30分」は湯の温度ではなく中心温度

群馬県が発行した注意喚起は、この点を最初に置いています。

肉の中心部の温度が 63℃で30分間以上、70℃で3分間以上、75℃で1分間以上 お湯の温度ではなく、肉の中心部の温度です!

さらに「必ず肉の中心温度を測り、目標温度に達したことを確認します」「肉の中心部の温度が目標温度に達してから、必要時間を計ります」と続きます。

食品安全委員会は、その中心温度の測り方まで定義しています。「内部温度とは肉の三か所の温度を測定した中で最も低い最低温度のこと」。1点だけ測った値でも足りない、ということです。

出典:群馬県 食品・生活衛生課「肉の低温調理に注意!自己流は危険です。」Vol.181(令和4年3月発行)、内閣府 食品安全委員会「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」。

到達時間は測らなければ読めない

中心温度が湯温に追いつくまでには時間がかかります。食品安全委員会が実測した値は次のとおりです。

食材(大きさ)湯の温度中心が63℃に届くまで届いてから必要な維持時間
鶏ムネ肉 約300g(厚さ約3cm)63℃平均68分中心63℃で30分間
牛モモ肉 約300g(厚さ約3cm)63℃約94分中心63℃で30分間以上

出典:到達時間は内閣府 食品安全委員会の実測値、維持時間は厚生労働省の公表条件(63℃30分。同等条件は65℃15分・66℃11分・70℃3分・75℃1分で、いずれも中心温度に達してからの維持時間)。

同じ重さ・同じ厚みでも、鶏と牛で1.4倍違います。だから「厚み1cmにつき何分」という換算式は作れません。手元の肉がこの実測条件から離れるほど、見積もりの誤差は大きくなります(鶏むね肉の設定の決め方は低温調理の鶏むね肉の温度と時間にあります)。

① 低温調理器(湯の温度を63℃に保つ)+中心温度計 74℃ 63℃ 20℃ 0 30 60 90 120 加熱時間(分) 湯の温度(63℃で一定) 肉の中心温度(測っている) 68分:中心が63℃に到達 維持30分 98分:条件を満たす 満たした時点を 時間軸で指せる ② 炊飯器の保温(中心温度は測っていない) 74℃ 63℃ 20℃ 0 30 60 90 120 加熱時間(分) 湯の温度:公表値から言えるのは50〜74℃のどこか(一定ではない) 肉の中心温度:測っていないので不明 ? 満たした時点を 時間軸で指せない
違いは温度の高さではなく、条件を満たした時点を時間軸の上で指させるかどうか。①は68分で到達し98分で条件を満たすと言えるが、②はどちらの時点も決まらない

色も時間も証拠にならない

「切ってみて中まで白ければ大丈夫」という判定も使えません。食品安全委員会は外観を比較してこう書いています。

内部温度が63℃に達したばかりの鶏ムネ肉の外観と、殺菌に必要な30分の温度維持をした鶏ムネ肉の外観はほぼ同じでした

到達した直後と、そこから30分維持したあとで見た目が変わらないのですから、色では区別がつきません。群馬県も「肉は加熱が十分でない場合も色が変化するため、肉の色だけでは判断できません」と書いています。色と安全が結び付かない仕組みそのものは肉の色と安全が扱っています。

公的機関が名指しで否定している作り方

群馬県の注意喚起は、「食中毒菌が十分殺菌できない場合があります」として2つの作り方を具体的に挙げています。どちらも、温度計なしのレシピでよく見る形です。

作り方何が起きるか欠けている条件
沸騰した湯に肉を入れ、火を止めて、冷めるまで放置する(30分放置・50分放置などの指定を含む)「中心部の温度が上がりきらないまま、水温が下がってしまいます」湯の温度が保たれない。中心温度も測っていない
フライパンで肉の表面を焼いた後、アルミホイルで包み、余熱で火を通す熱源が無い状態で中心へ熱が入るのを待つため、同じく中心が届く前に温度が下がる湯(熱源)の温度が保たれない。中心温度も測っていない
炊飯器の保温に入れて放置する(この記事が扱う形)湯の温度が約60〜75℃のあいだで上下し、下がる局面では50〜55℃まで落ちる機種がある湯の温度が一定にならない。中心温度も測っていない

出典:沸騰した湯に入れて放置する形と、焼いてアルミホイルで包む形は群馬県 食品・生活衛生課「肉の低温調理に注意!自己流は危険です。」Vol.181。炊飯器の保温温度はタイガー魔法瓶・日立の公表値。

3つに共通しているのは、熱源を切っているか、熱源の温度を管理していないかのどちらかだということです。加熱条件は温度と時間の積なので、温度の側が下がってしまうと、時間の側では埋め合わせられません。温度と時間がどこまで交換できるのかは75℃1分と63℃30分が同等な理由で扱っていますが、そこで確かめたとおり、交換が成り立つのはその温度を保っているあいだの話です。

同じ資料は、運用側の数値も示しています。「調理中は、お湯の温度を一定に保つ必要があります。家庭用の低温調理器などを利用すると便利です。この場合、必要な温度の1〜2℃高めに設定しましょう」。そして鶏ムネ肉300gの実験から、「63℃で調理する場合、合計で約100分間、64〜65℃に保ったお湯で調理を続ける必要があります」と結論しています。

何があれば「確認できる」状態になるのか

ここまでは「できない」側の話でした。では何を用意すればよいのか。道具の組み合わせごとに整理します。

最初に要るのは低温調理器ではなく中心温度計

手元にある道具湯の温度を一定に保てるか肉の中心温度が分かるか条件を満たしたと言えるか
炊飯器の保温だけいいえ(約60〜75℃で上下する)いいえ言えない
鍋とコンロだけいいえ(火加減で上下する)いいえ言えない
中心温度計だけいいえはい条件つきで言える。中心が目標温度に届いた時点が分かるので、そこから維持時間を数え始められる。ただし湯の温度が下がれば維持が途切れるため、そばで見ていられるあいだに限る
低温調理器だけはいいいえ言えない。到達時間を見積もるしかなく、実測条件(鶏ムネ肉 約300g・厚さ約3cm で68分)から離れるほど外れる
低温調理器+中心温度計はいはい言える

出典:加熱条件と中心温度計の必要性は厚生労働省「食肉の加熱条件に関するQ&A」および内閣府 食品安全委員会「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」、炊飯器の保温温度はタイガー魔法瓶・日立・パナソニックの公表値、到達時間は食品安全委員会の実測値。

「中心温度計だけ」の行と「低温調理器だけ」の行を見比べてください。中心温度計だけのほうが、低温調理器だけより条件に近づきます。 中心が63℃に届いた時点が分かれば、そこから30分を数え始められるからです。ただし表のとおり、この30分のあいだ中心温度が63℃を下回らないことも自分で見ていなければなりません。逆に湯の温度だけが完璧でも、届いた時点が分からなければ、いつから数えればよいかが決まりません。

だから買う順番は、低温調理器より中心温度計が先です。食品安全委員会が「低温調理をする際は、中心温度計等を用いて温度と時間の管理をしましょう」と書いているのは、条件の側から見ればこういう意味になります。

測り方は3つの手順で決まっている

  1. 肉のいちばん厚いところに刺します。 薄い場所は先に温度が上がるので、そこを測っても最低温度になりません
  2. 三か所測って、いちばん低い値を採ります。 食品安全委員会の「内部温度」の定義がこれです
  3. 目標温度に達したことを確認してから、時間を数え始めます。 投入時から数えると、到達時間のぶんがまるごと不足します

湯の温度を保つ手段は温度計の次

湯は肉に熱を渡すたびに温度が下がります。だから目標温度ちょうどに設定すると、中心が目標に届かないことがあります。群馬県が「必要な温度の1〜2℃高めに設定しましょう」と書いているのは、この下がり分を見込んだ数値です。

厚みについては、換算式は作れませんが、揃えれば同じ条件を繰り返せます。実測値のある大きさ(鶏ムネ肉 約300g・厚さ約3cm)に自分の肉を寄せておけば、68分という到達時間の見積もりを、実測に近い条件のまま使えます。

それでも今日作るなら、低温調理をやめる

中心温度計が手元に無い日の選択肢は、低温調理の条件を狙わない加熱に切り替えることです。低温調理をうまくやる裏技ではありません。

低温調理が難しいのは、条件のぎりぎりを狙う加熱だからです。63℃設定では、湯の温度と条件の温度(中心63℃に達してから30分維持)が同じ値なので、湯が数℃下がれば中心はそこに届きません。

沸いた湯で茹でる、蒸す、といった加熱では、湯の温度と条件の温度が数十℃離れています。加熱し続けているかぎり、湯の温度が数℃動いても中心温度が届く側には余裕が残ります。満たすべき条件そのものは変わりません(中心部で75℃1分間以上、63℃で加熱するなら到達後30分の維持)。群馬県が否定している2つの作り方との違いは、熱源を切っていないことです。火を止めた時点で、湯の温度は下がり続ける側に回ります。

ただし「余裕がある」は「確認した」ではありません。厚いかたまり肉やひき肉の成形品では、この余裕があっても中心が届かないことがあります。群馬県はハンバーグについて、中心部で75℃1分間以上の加熱が必要だとしたうえで「必ずハンバーグの中央に竹串を刺して、肉汁が透明であることを確認しましょう」と書いています。測れないときに使える確認の手がかりは、この程度の粗さです。

そして、この切り替えでは低温調理の狙いは手に入りません。低温調理がしっとり仕上がるのは、ミオシンだけを変性させてアクチンを守る温度帯を選んでいるからで(低温調理で肉がしっとりする原理)、沸いた湯で茹でればその温度帯は通り過ぎます。道具が無い日は、低温調理の食感をあきらめるというのが、この記事の出す答えです。

低温調理の安全条件の中でのこの記事の立ち位置

低温調理の安全は、殺す・増やさない・確認できるの3つの条件の積で決まります。この記事が引き受けているのは、3つめを道具の側から見たときの話です。

問い答える記事何を決めているか
条件を満たしたと確認できるかこの記事道具の組み合わせごとに、湯の温度と中心温度のどちらが分かるか
何度で何分なら同じだけ菌が減るか75℃1分と63℃30分が同等な理由殺す条件どうしの換算(D値・Z値)
どの温度帯に何分いたか危険温度帯は何℃か避ける温度(10℃以下または65℃以上)と、帯を抜ける時間
3つの条件がどう組み合わさるか低温調理の安全条件3条件の関係と、それぞれが保証していないこと

兄弟記事との違いをひとことで言うと、75℃1分と63℃30分が同等な理由が条件の中身を扱うのに対し、この記事は条件を満たしたと言えるかどうかを扱っています。危険温度帯は何℃かが扱うのが温度帯なら、この記事が扱うのは道具です。

この記事が答えていないことも書いておきます。食材ごとの設定値は低温調理の食材別の温度と時間の担当で、加熱条件の一覧は低温調理とはにあります。測った中心温度をどう使うかの1品ぶんの実装は鶏胸肉のハムが具体例になります。

まとめ

「低温調理は温度計なしでできるか」への答えは、3つに畳めます。

  1. 炊飯器の保温は、一定の温度を保つ機能ではありません。 公表値はタイガーが約60度〜約75度、日立の保温低が平均約64℃で「タイミングにより、熱いときとぬるいときがあります」、パナソニックは「一定の温度ではありません」。日立のIHタイプは炊飯直後のあと50℃〜55℃まで下がり、6時間ごとに約74℃へ加温します
  2. 温度が合っていても、条件の「63℃で30分」は湯の温度ではなく肉の中心温度です。 中心が63℃に届くまでの時間は、同じ300g・厚さ3cmでも鶏ムネ肉で平均68分、牛モモ肉で約94分と1.4倍違います。届いてからさらに30分の維持が要り、その到達時点は色でも経過時間でも判定できません
  3. 最初に要るのは低温調理器ではなく中心温度計です。 中心が63℃に届いた時点が分かれば、そこから30分を数え始められます。この30分のあいだ中心温度が63℃を下回らないことも自分で見ている必要はありますが、湯の温度だけが安定していて届いた時点が分からない状態では、数え始めること自体ができません

温度を何℃にするかは選べます。測らずに「満たした」と言うことは選べません。