低温調理とは|湯温と中心温度を分けて考える4つの問い

この記事でわかること

  • 低温調理が加熱しすぎないのは、注意力ではなく熱源の上限を下げた構造によること
  • 安全は温度×時間で決まり、温度を下げた分は時間で埋められること
  • 設定した湯温と食材の中心温度は別物で、到達時間と維持時間を分けて数えること
  • 食材ごとに温度を縛るものが違う(安全・食感・酵素)こと

低温調理(真空調理、スービッド/sous vide)は、湯の温度を食材の狙う中心温度と同じ値に固定して加熱する操作です。熱源の温度が狙いを超えないので、湯に入れたままにしても食材は狙った温度より上には行きません。

この一点だけで、低温調理は「火加減を見る料理」から「条件を決める料理」に変わります。そのかわり、決めるべき条件は4つに分かれます。なぜ低温なのか(原理)、その条件でなぜ安全と言えるのか(安全)、この食材なら何度で何分なのか(食材別)、湯から出した後に何をするのか(仕上げと保存)です。

この記事は、その4つの問いを切り分けて、いま自分が詰まっているのがどれなのかを見つけるための地図です。温度と時間の設定値そのものは扱いません。

低温調理とは何をする加熱か

湯温を「狙う中心温度」と同じにする

フライパンやオーブンは150〜300℃で、狙う中心温度より100℃以上高い熱源です。高い熱源で低い温度に着地させるので、途中で止める必要があり、止める時刻を外すと行きすぎます。

低温調理は熱源そのものを狙いの温度に置きます。60℃の湯に入れた食材は、時間が経てば60℃に近づき、そこで止まります。熱源の上限が狙いと同じなので、行きすぎること自体が起こりません。

加熱しすぎないのは注意力ではなく構造

この違いは「気をつけて見ていれば同じ結果になる」ものではありません。高温の熱源では、食材の表面と中心の温度差が大きく、中心が55℃のときでも表面ははるかに高い温度に達しています。断面に色の層ができるのはそのためです。

熱源を55℃にすると、表面も中心も最終的に55℃へ向かうので、断面は端まで同じ色になります。低温調理の見た目の特徴は、精密さの結果ではなく、温度差が無いことの結果です。

他の火入れと何が違い、どこで選ぶか

仕上がりの違いは、断面に出ます。焼く・煮るでは外側から内側へ火の通りの段階ができますが、低温調理では端まで同じ色・同じ硬さになり、繊維のあいだの水分が残ります。そのかわり、表面に焼き色も香ばしさも付きません。

だから選びどころは、厚みのある塊肉や、パサつきやすい部位や、狙いの固さの幅が狭い食材(鶏むね肉・卵・白身魚)を、同じ仕上がりで繰り返し作りたいときです。逆に、香ばしさが主役の料理(焼く・揚げる)、繊維をほぐして煮汁を含ませたい料理(煮る)、短時間で仕上げたい料理には向きません。9つの火入れの中での位置は火入れ9つの方法まとめで比べられます。

判断が分かれる4つの問い

低温調理でつまずく場所は、次の4つのどれかです。自分がどれで詰まっているかが分かれば、読む場所が決まります。上から順に読む必要はありません。

問いここで決まること取り違えると起きることいま答えがある記事
① 原理:なぜ低温で加熱するのか何℃を狙うと、どんな食感になるか温度を上げて食感を失う。長く置けば柔らかくなる部位を、温度を上げて柔らかくしようとするタンパク質の変性・コラーゲンのゼラチン化
② 安全:なぜその条件なら安全と言えるのか何℃で何分保てば食べてよいか温度だけ見て時間を数えない。低い温度を「短時間でよい」と誤解する低温調理の安全条件・肉の色と安全・肉の加熱温度
③ 食材別:この食材なら何度で何分か設定温度・時間・厚みの組み合わせ肉の設定をそのまま野菜や魚に当てる低温調理の食材別の温度と時間・低温調理の技術・豚肉の火入れ
④ 仕上げと保存:湯から出した後に何をするか焼き目・冷却・保存・再加熱の手順せっかく満たした安全条件を、放置と保存で壊す余熱調理・焼き目と炙りの技術

①と②は独立しています。食感の話(タンパク質が何度で変わるか)と、安全の話(菌が何度で何分で死ぬか)は、たまたま同じ温度帯に重なっているだけの別問題です。この2つを混ぜると、「55℃でおいしいのだから55℃で安全なはずだ」という筋の通らない結論が出ます。

軸1 原理|なぜ温度を狙い撃つと食感が変わるのか

肉のタンパク質は、ある温度で一斉に固まるのではありません。種類ごとに変わる温度が違い、ミオシンが先に、アクチンが後に変性します。

低温調理で食感を狙えるのは、ミオシンはすでに変わり、アクチンはまだ変わっていないという温度の窓で止まれるからです。高温の熱源ではこの窓を通り過ぎてしまい、アクチンまで変性して肉汁が押し出されます。変性温度の具体的な値はタンパク質の変性と肉の保水性にまとめてあるので、ここでは繰り返しません。

すね肉やバラ肉のような硬い部位は、これとは別の問題です。硬さの原因はコラーゲンで、温度を上げ下げしても柔らかくはなりません。必要なのは温度ではなく時間で、低い温度のまま長く置いてゼラチンへ変えます(コラーゲンのゼラチン化)。同じ低温調理でも、ステーキの1〜2時間と、すね肉の24時間以上では、狙っている反応が違います。

軸2 安全|なぜその温度・時間なら安全と言えるのか

この軸だけを扱った記事が低温調理の安全条件です。安全を「殺す条件・増やさない条件・確認できる条件」の3つに割って、加熱条件だけでは安全と言えない理由を扱っています。ここではそのうち、温度と時間の関係だけを先に押さえます。

温度と時間は交換できる

日本の加熱の基準は「75℃で1分間以上」がよく知られていますが、これは単独の値ではなく、同じ殺菌効果を持つ組み合わせの1つです。厚生労働省は、これと同等な条件として次を示しています。

食材の中心温度必要な加熱時間位置づけ
75℃1分間以上大量調理施設衛生管理マニュアルの基準値
70℃3分間「食肉の加熱条件に関するQ&A」が示す「75℃1分」と同等の条件
69℃4分間「食肉の加熱条件に関するQ&A」が示す「75℃1分」と同等の条件
68℃5分間「食肉の加熱条件に関するQ&A」が示す「75℃1分」と同等の条件
67℃8分間「食肉の加熱条件に関するQ&A」が示す「75℃1分」と同等の条件
66℃11分間「食肉の加熱条件に関するQ&A」が示す「75℃1分」と同等の条件
65℃15分間「食肉の加熱条件に関するQ&A」が示す「75℃1分」と同等の条件
63℃30分間以上豚の食肉の基準(75℃1分の同等条件とは別枠の基準。同等以上の方法でもよい)

出典:厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」II-2(中心部が75℃で1分間以上又はこれと同等以上。同一メニューを大量に提供する施設に向けた文書ですが、加熱条件の考え方として家庭・飲食店でも参照されます)、同「食肉の加熱条件に関するQ&A」(70℃3分〜65℃15分)、同「豚の食肉の基準に関するQ&A」(食安基発0602第3号・平成27年6月2日。豚の食肉は63℃で30分間以上又は同等以上と定められ、同Q&Aは同等以上の例として75℃1分間以上を挙げています)。いずれも中心温度の値であり、湯の温度ではありません。

温度を下げるほど、必要な加熱時間が長くなる形になっています。低温調理が成り立つのは、この交換が認められているからです。低温調理は安全条件を緩める方法ではなく、同じ条件を温度ではなく時間の側で満たす方法です。 この表の組み合わせがなぜ同じ安全性になるのか、そして表に無い温度の時間を自分で計算してはいけない理由は75℃1分と63℃30分が同等な理由が扱っています。

湯温と中心温度は別物

ここが低温調理でつまずきやすい点です。63℃の湯に入れても、食材の中心はすぐには63℃になりません。中心が63℃に達してから、そこで30分数えます。

食品安全委員会が示している実測では、300g・厚さ3cmの牛肉で中心が63℃に達するまで約94分、同じ大きさの鶏肉で平均68分かかります(760gの牛肉では180分)。到達までの時間は厚みと重さで変わります。

到達時間(中心が63℃になるまで・牛肉300gで約94分) 維持時間(30分) 湯に入れる 中心63℃に到達 食べてよい 条件(63℃30分)を満たすのは維持時間が終わった時点で、中心が63℃に達した時点ではない
「63℃で30分」は鍋に入れてから30分ではない。到達時間と維持時間を足した長さが総調理時間になる

だから低温調理では、レシピの「63℃で30分」をタイマーの数字としてそのまま使えません。中心温度を測るか、厚みと重さから到達時間を見込んで、そのぶん長く置く必要があります。

道具の話に見えますが、そうではありません。中心温度を測れない状態では、条件を満たしたかどうかを確かめる手段そのものが無くなります。低温調理で最初に用意すべきものは、湯の温度を保つ機器ではなく、中心温度を測れる温度計です(食品安全委員会も中心温度の実測を求めています)。

軸3 食材別|何が温度を決めているかは食材で変わる

食材ごとの設定値は低温調理の技術に早見表があり、その数字の決め方は低温調理の食材別の温度と時間にまとめてあります。ここで押さえるのは、その数字を決めているものが食材によって違うという一点です。

食材温度を決めているもの詳しい記事
豚・鶏安全条件。下限が法令・通知の側から決まり、好みで下げられない豚肉の火入れ・鶏肉の火入れ
牛のかたまり・魚食感。菌が主に表面にいるため、表面を焼いて殺菌したうえで中心を63℃まで上げて3分以上休ませれば、そこから先は仕上がりの好みで選べる(挽き肉・成形肉は内部まで菌が入るので対象外。魚は寄生虫の扱いも別に残り、加熱ではなく冷凍で処理する場合がある)肉の色と安全
野菜酵素。50〜70℃では軟らかくならず、むしろ硬くなる方向に進む温度で変わる食材の科学・野菜の火入れ

野菜が肉と同じ設定にできないのは、低温調理の温度帯が、野菜の細胞壁を固める酵素の働く帯とちょうど重なるからです。この酵素は50℃未満ではほとんど働かず、50〜70℃で活性化して細胞壁をつなぎ止めます。肉にとっての「ちょうどいい温度」は、野菜にとっては硬くなる温度です。70℃を超えると酵素が働かなくなり、そこから細胞壁が分解されて軟らかくなります(酵素の名前と温度ごとの働きは温度で変わる食材の科学にあります)。

軸4 仕上げと保存|湯から出した後に条件を壊さない

焼き目は湯から出した後の別工程

低温調理の温度帯は、焼き色のもとになるメイラード反応が進む温度にまったく届きません。香ばしさが欲しければ、袋から出して表面の水分を拭き、高温で短時間だけ焼きます(焼き目と炙りの技術)。中心はすでに狙いの温度に届いているので、この工程は表面だけの作業です。

すぐ食べないなら、冷やすか保つか

低温調理の温度帯は、そのまま置いておくと菌が増える帯でもあります。厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアルは、調理後すぐに提供しない食品を10℃以下または65℃以上で管理するよう求めています。冷ます場合は、食中毒菌の発育至適温度帯(約20〜50℃)にいる時間を短くするため、30分以内に中心温度20℃付近(または60分以内に10℃付近)まで下げることを目安としています。

低温調理は、この2つの安全な帯のあいだにある温度で加熱する方法です。だから湯から出したら、食べるか、冷やすか、保温するかを速やかに決める必要があります。氷水での急冷が定番なのは、20〜50℃の帯を短時間で通過させられるからです(味のしみ方との関係は冷ますと味がしみる仕組みで扱っています)。

袋詰めも仕上げに関わります。真空にするのは味付けのためではなく、湯から食材へ熱が伝わる経路から空気を除くためです。空気が残った袋は浮いて食材が湯面から出るので、その部分だけ設定温度に届きません。下味を入れる操作はブライン液(塩水)への浸漬のように、袋詰めの前の工程で行います。

この記事と「低温調理の技術」の役割分担

このカテゴリには、低温調理を1本で扱った記事がすでにあります。守備範囲は次のように分かれます。

この記事(低温調理とは)低温調理の技術
答える問いどの問いに答える記事がどこにあるか何度で何分に設定すればよいか
持っているもの4つの軸の切り分けと、根拠になる公的な加熱条件食材別の温度×時間の早見表、器具、実践手順、失敗と対策
向いている読み方低温調理の全体像を掴む・詰まった場所を特定する明日つくるものの設定値を調べる

設定値を探しに来た読者は低温調理の技術へ、なぜその設定なのかを知りたい読者はこの記事の4つの軸から入ってください。実際の1品で通しの流れを見たい場合は鶏胸肉のハムが具体例になります。

まとめ

低温調理は、湯温を狙う中心温度と同じ値に置いて、加熱が行きすぎる可能性そのものを無くす操作です。判断は4つに分かれます。

  1. 原理:狙う温度で食感が決まります。硬い部位の柔らかさは、温度ではなく時間をかけて作ります
  2. 安全:温度と時間の組み合わせで決まります。厚生労働省は75℃1分の同等条件として65℃15分までを示し、豚の食肉には63℃30分以上という別枠の基準を置いています。どちらも、温度を下げた分を時間で埋める形になっています
  3. 食材別:温度を縛るものが食材ごとに違います。豚と鶏は安全条件、牛と魚は食感、野菜は酵素が決めています
  4. 仕上げと保存:焼き目は湯から出した後の別工程です。すぐ食べないなら20〜50℃の帯を速く抜けて、10℃以下か65℃以上へ移します

このうち②だけは、好みや流儀で動かせません。中心温度と保持時間を確かめられない状態で低温調理を行うと、条件を満たしたかどうかを誰も判定できなくなります。