この記事でわかること
- 「危険温度帯」が日本の公的文書にない言葉で、厚生労働省は性格の違う2つの温度を置いていること
- 菌が増える温度は菌ごとに違い、外枠が −0.4〜50℃ と広いこと
- 10℃以下が増殖を「止める」のではなく「抑制する」操作であること
- 帯を抜ける時間に数値の規定があり、冷却は30分以内に中心20℃付近であること
「危険温度帯は何℃ですか」と聞くと、答えが揃いません。10〜60℃と書く記事があり、10〜54℃と書く記事があり、4〜60℃と書く記事があります。どれも出どころを示していません。
理由ははっきりしています。「危険温度帯」は、日本の公的文書に定義のある用語ではないからです。厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアルを全文検索しても、「危険」という語は1回も出てきません。
この記事は、その代わりに原文が何を置いているのかを確かめ、菌が実際に増える温度を菌ごとの数値で並べ、そのうえで「帯を何分で抜ければよいのか」までを示します。菌を殺す側の条件(63℃30分・75℃1分など)は75℃1分と63℃30分が同等な理由が扱っているので、ここでは繰り返しません。
「危険温度帯」は日本の公的文書にない言葉
厚生労働省のマニュアルに「危険」の語は1回も出てこない
食品衛生の実務で最も広く参照されるのは、厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアルです。集団給食施設向けの通知ですが、加熱・冷却・保存の数値規定を明文で持っている数少ない文書なので、家庭の作り置きや低温調理の解説もここを引用します。
そのマニュアルの本文に、「危険温度帯」という語はありません。「危険」という語自体が1回も使われていません。
つまり「危険温度帯=◯〜◯℃」という等式は、日本の行政文書から出てきたものではありません。各社が米国の Danger Zone を訳し直すか、自社の運用基準を置いているのが実情です。値が揃わないのは当然でした。
原文が置いているのは、性格の違う2つの温度
代わりに原文が置いているのは、役割の違う2つの温度です。
| 原文の値 | 何のための値か | 原文 |
|---|---|---|
| 10℃以下 又は 65℃以上 | 調理後すぐ提供しない食品を置いてよい管理温度 | 「調理後直ちに提供される食品以外の食品は、食中毒菌の増殖を抑制するために、10℃以下又は65℃以上で管理することが必要である」(4.(3)) |
| 約20℃〜50℃ | 冷却するとき滞在時間を短くすべき発育至適温度帯 | 「食中毒菌の発育至適温度帯(約20℃〜50℃)の時間を可能な限り短くするため(中略)30分以内に中心温度を20℃付近(又は60分以内に中心温度を10℃付近)まで下げるよう工夫すること」(4.(3)①) |
出典:厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」(平成9年3月24日付け衛食第85号別添/最終改正 平成29年6月16日付け生食発0616第1号)。いずれも食品の中心温度であり、室温や湯の温度ではありません。
この2つは同じものではありません。前者は置いてよい温度の外側を示し、後者は最も速く増える帯を示します。前者を外れたらすぐ危険というわけではなく、後者の外なら安全というわけでもありません。
解説記事の値が揃わないのは、この2つを混ぜて1つの範囲にしているからです。20℃と50℃を採れば「20〜50℃が危険」になり、10℃と65℃を採れば「10〜65℃が危険」になり、上限だけ米国式の60℃に寄せれば「10〜60℃」になります。混ぜた時点で、どちらの根拠も失われます。
この記事では、2つを混ぜずに使い分けます。手を動かすときの目安が10℃以下または65℃以上 、冷却を急ぐ理由が約20〜50℃という帯 です。
菌が増える温度は、菌ごとに違う
発育温度域を一次資料の数値で並べる
そもそも「菌が増える温度」を1つの範囲で書けるのかを確かめます。食品安全委員会が公表している菌ごとの資料から、増殖できる温度を並べました。
| 食中毒菌 | 増殖できる温度(℃) | 最もよく増える温度(℃) |
|---|---|---|
| リステリア・モノサイトゲネス | −0.4 〜 45 | 37 |
| ボツリヌス菌 Ⅱ群(非たん白分解性) | 最低 3 | 30 |
| エルシニア(Y. enterocolitica 等) | 4以下でも発育可能 | 28前後 |
| 黄色ブドウ球菌 | 5 〜 47.8(毒素産生は10〜46) | 30〜37 |
| サルモネラ属菌 | 5.2 〜 46.2(ほとんどの血清型は7未満で発育不可) | 35〜43 |
| 腸管出血性大腸菌 O157 | 8 〜 約44〜45 | 37 |
| ボツリヌス菌 Ⅰ群(たん白分解性) | 最低 10 | 37 |
| セレウス菌 | 10 〜 50(7以下で増殖する菌株も存在) | 28〜35 |
| ウエルシュ菌 | 12 〜 50 | 43〜45 |
| ボツリヌス菌 Ⅲ群 | 最低 15 | 40〜42 |
| カンピロバクター | 30 〜 46(微好気性) | — |
出典:内閣府 食品安全委員会。リステリアは微生物・ウイルス評価書「食品中のリステリア・モノサイトゲネス」表4、ボツリヌス菌はファクトシート「ボツリヌス症」の群別表、その他は各菌のファクトシートおよびリスクプロファイル(サルモネラ属菌は「鶏肉におけるサルモネラ属菌」表2、O157 は「牛肉を主とする食肉中の腸管出血性大腸菌」)。いずれも食品の温度で、増殖の可否は水分活性・pH・食塩濃度でも変わります。
外枠は −0.4℃から50℃
この表の一番下と一番上を取ると、菌が増えられる範囲の外枠は −0.4℃(リステリア)から 50℃(ウエルシュ菌・セレウス菌) までになります。
この外枠は、よく見る「4〜60℃」とも「10〜60℃」とも一致しません。下は取りこぼし、上は過剰です。1つの範囲に丸めた時点で、どちらかの誤差を抱え込みます。
カンピロバクターのように、帯の形が他と大きく違う菌もあります。30℃未満では増えませんが、食品安全委員会は「冷蔵庫温度の1〜10℃で生存期間が延長」すると書いています。増えないことと、いなくなることは別です。冷蔵は菌を減らす操作ではありません。
それでも「10℃以下または65℃以上」を目安に使う理由
菌ごとに違うと分かったうえで、では実際に手を動かすときは何を見るのか。この記事は厚生労働省の管理温度(10℃以下または65℃以上)を目安に採ります。ただし、上と下で意味がまったく違います。
上限側には15℃の余裕がある
菌の発育上限は、表で最も高いものでも50℃(ウエルシュ菌・セレウス菌)です。それに対して管理値は65℃。15℃の余裕が取ってあります。
65℃以上で保温している限り、表のどの菌も増えません。上限側は、多少の温度ムラがあっても持ちこたえる設計になっています。
ただし、保温は加熱殺菌の代わりにはなりません。菌をどこまで減らすかは、中心温度と維持時間で決まる加熱条件(75℃1分と63℃30分が同等な理由)の担当です。65℃以上が保証するのは、そこから先で増えないことだけです。
下限側には余裕がない
下は事情が違います。管理値は10℃ですが、リステリアは −0.4℃、ボツリヌス菌Ⅱ群は3℃、エルシニアは4℃以下でも増えます。管理値の下に、まだ増える菌が3つ残っているわけです。
厚生労働省もリステリアについて「他の一般的な食中毒菌と同様に加熱により死滅しますが、4℃以下の低温や、12%食塩濃度下でも増殖できる点が特徴です」と明記しています。
ここで、マニュアルの原文の語を読み直してください。「食中毒菌の増殖を抑制するために、10℃以下又は65℃以上で管理する」と書いてあります。止めるためではなく、抑制するためです。10℃以下は増える速さを遅くする操作であって、増殖をゼロにする操作ではありません。
だから低温側は時間とセットで決める
マニュアルが温度の規定だけで終わらず、時間の規定を並べて持っているのはこの非対称のためです。「調理後の食品は、調理終了後から2時間以内に喫食することが望ましい」という一行が、温度の規定と同じ節に置かれています。
保存温度そのものも食品で違います。マニュアルの別添1は、食肉・鯨肉を10℃以下、殻付卵を10℃以下、生鮮果実・野菜を10℃前後とする一方で、生鮮魚介類(生食用鮮魚介類を含む)は5℃以下としています。10℃以下が全食品の共通基準ではありません。
帯を何分で抜けるか|厚生労働省が決めている時間
ここからが「危険温度帯」の実務側です。避けるべき温度が分かっても、通過を完全に避けることはできません。加熱すれば必ず通り、冷ませば必ず通ります。決まっているのは、何分で抜けるかです。
冷却は30分以内に中心20℃付近、または60分以内に中心10℃付近
マニュアルの原文はこうです。
加熱調理後、食品を冷却する場合には、食中毒菌の発育至適温度帯(約20℃〜50℃)の時間を可能な限り短くするため、冷却機を用いたり、清潔な場所で衛生的な容器に小分けするなどして、30分以内に中心温度を20℃付近(又は60分以内に中心温度を10℃付近)まで下げるよう工夫すること。
2つのルートが並んでいるのは、20℃まで一気に落とせないときの代替として60分で10℃という道を用意しているからです。どちらでもよく、両方を満たす必要はありません。
「小分けするなどして」と手段まで書かれているのは、中心温度が問題だからです。同じ量でも、鍋のまま1つで冷やすのと、浅い容器に4つに分けるのとでは、中心が冷える速さが変わります。
提供と喫食にも時間の規定がある
時間の規定は冷却だけではありません。4つまとめると、こうなります。
| 場面 | いつから数えるか | 何分・何時間以内に | どこまで下げるか |
|---|---|---|---|
| 加熱後の冷却(ルートA) | 加熱の終了 | 30分以内 | 中心温度 20℃付近 |
| 加熱後の冷却(ルートB) | 加熱の終了 | 60分以内 | 中心温度 10℃付近 |
| 調理後すぐ提供しない場合 | 調理の終了 | 30分以上かかるなら | 10℃以下で保存(温かいまま出すものは保温) |
| 喫食 | 調理の終了 | 2時間以内が望ましい | — |
出典:厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」4.(3)①②および4.(4)。中心温度は食品の中心部の温度で、室温や湯の温度ではありません。集団給食施設向けの通知であり、家庭でこの記録義務が生じるわけではありませんが、数値の根拠として使えます。
この表を見ると、「素早く冷ます」が感覚の話ではないことが分かります。30分・60分・2時間という、時計で測れる数値が決まっています。
数えるのは湯温でも室温でもなく中心温度
4つの規定すべてが「中心温度」と書いています。氷水に浸けてから30分ではなく、中心が20℃付近に届くまでに30分です。
ここは加熱側とまったく同じ構造です。63℃30分の30分が「中心が63℃に届いてから」であるのと同じように、冷却の30分も中心で数えます。測り方そのものの問題は低温調理の安全条件の条件③が扱っています。
低温調理はこの帯を「加熱の最中に」通っている
ここまでは食品衛生一般の話です。低温調理には、これに固有の事情が2つ加わります。
中心が設定温度に届くまでの時間が、そのまま滞在時間になる
食品安全委員会の実測によると、約300g・厚さ約3cmの鶏ムネ肉は、63℃設定で中心がその温度に届くまで平均68分かかります。同じ大きさの牛モモ肉では約94分です。
その68分のあいだ、食材の中心は帯の中にいます。つまり低温調理は、加熱が終わる前に帯の時間を使っている加熱方法です。
| 加熱方法 | 帯を通る回数 | 加熱側の通過にかかる時間 |
|---|---|---|
| 強火で焼く・揚げる | 加熱時に1回、冷ますときに1回 | 数分以内。表面から急速に温度が上がる |
| 低温調理 | 加熱時に1回、冷ますときに1回 | 長い。63℃設定で、鶏ムネ肉 約300g・厚さ約3cm が平均68分、牛モモ肉が約94分 |
出典:内閣府 食品安全委員会「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」(到達時間の実測値)。到達時間は食材の厚み・初温・設定温度で変わります。
だから低温調理では、「加熱が終わってから何分で冷ましたか」だけを見ても足りません。ここが、加熱条件(鶏肉なら中心温度63℃に達してから30分維持など)とは別に、増やさない条件が要る理由につながります。食材ごとの厚みと到達時間の扱いは低温調理の食材別の温度と時間が持っています。
真空パックは酸素を除くが、嫌気性菌には有利に働く
もう1つは包装です。真空パックは酸素を除くので、酸素がないと増えられない菌には不利に働きます。しかし逆向きの菌がいます。
ボツリヌス菌は「偏性嫌気性の桿菌」で、食品安全委員会は「ボツリヌス菌の芽胞は、低酸素状態に置かれると発芽・増殖が起こり、毒素が産生されます」と書いています。酸素を除く操作は、この菌にとっては条件が揃う方向です。
しかも非たん白分解性のⅡ群は、最低発育温度が3℃です。真空のまま冷蔵しても、嫌気状態は続き、温度も下限を下回りません。
だから低温調理したものを真空のまま保存するときは、温度だけでなく日数を短く切る必要があります。袋のまま氷水で急冷して冷蔵庫に入れたことは、日数を無制限にする理由になりません。急冷の手順そのものは鶏胸肉のハムに具体例があります。
加熱しても死なない芽胞をどう扱うかという相手側の話は、低温調理の安全条件の条件②が根拠を持っています。この記事は温度帯と時間の側に留めます。
低温調理の安全条件の中でのこの記事の立ち位置
低温調理の安全は、殺す・増やさない・確認できるの3つの条件に分かれます。この記事が引き受けているのは、2つめの「増やさない」を温度と時間の数値に落とす役です。
| 問い | 答える記事 | 何を決めているか |
|---|---|---|
| どの温度帯に何分いたか | この記事 | 避ける温度(10℃以下または65℃以上)と、帯を抜ける時間(冷却は30分以内に中心20℃付近) |
| 何度で何分なら同じだけ菌が減るか | 75℃1分と63℃30分が同等な理由 | 殺す側の条件どうしの換算(D値・Z値) |
| 条件を満たしたと確認できるか | 低温調理は温度計なしで成り立たない | 道具の組み合わせごとに、湯の温度と中心温度のどちらが分かるか |
| 3つの条件がどう組み合わさるか | 低温調理の安全条件 | 3条件の関係と、それぞれが保証していないこと |
兄弟記事との違いをひとことで言うと、75℃1分と63℃30分が同等な理由が菌を殺す条件を扱うのに対し、この記事は菌を増やさない条件を扱っています。加熱条件の一覧(63℃30分・65℃15分・70℃3分・75℃1分など、いずれも中心温度に達してからの維持時間)は低温調理とはにあります。
冷ますこと自体には、安全とは別の意味もあります。急冷するか鍋どめでゆっくり冷ますかの判断は冷ますと味がしみる仕組みが扱っています。安全の側から見れば急冷が正解ですが、味の側から見ると煮汁に浸けて置く時間に価値があるため、この2つは別々に判断する必要があります。
まとめ
「危険温度帯」という言葉から出発すると、答えが揃わない理由が見えてきます。
- この言葉には日本の公的な定義がありません。厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアルに「危険」の語は1回も出てきません。原文が置いているのは、管理温度(10℃以下または65℃以上)と発育至適温度帯(約20〜50℃)という役割の違う2つです。解説記事の値が揃わないのは、この2つを混ぜているからです
- 菌が増える温度は菌ごとに違い、外枠は −0.4〜50℃ です。上限50℃に対して管理値65℃には15℃の余裕がありますが、下限側には余裕がありません。リステリア・ボツリヌス菌Ⅱ群・エルシニアは10℃以下でも増えます。10℃以下は増殖を抑制する操作であって、止める操作ではありません
- 帯を抜ける時間には数値の規定があります。冷却は30分以内に中心温度20℃付近(または60分以内に中心温度10℃付近)、調理後は2時間以内の喫食が望ましい。低温調理では、中心が設定温度に届くまでの時間(63℃設定で鶏ムネ肉 約300g・厚さ約3cm が平均68分)もこの滞在時間に入ります。なお、この68分は帯を通過するのにかかった時間であって、加熱条件を満たした時間ではありません。鶏肉なら中心が63℃に達してからさらに30分以上の維持が要ります(殺す側の条件は75℃1分と63℃30分が同等な理由)
避けるべき温度を1つの範囲で覚えるより、上は余裕があり下は余裕がない、だから低温側は必ず日数とセットで決めると覚えるほうが、判断を間違えません。
参考文献
- 厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」(平成9年3月24日付け衛食第85号別添/最終改正 平成29年6月16日付け生食発0616第1号)
- 厚生労働省「リステリアによる食中毒」
- 内閣府 食品安全委員会 微生物・ウイルス評価書「食品中のリステリア・モノサイトゲネス」
- 内閣府 食品安全委員会 ファクトシート「ボツリヌス症」(2021年3月30日)
- 内閣府 食品安全委員会 ファクトシート「エルシニア症」
- 内閣府 食品安全委員会 ファクトシート「ブドウ球菌食中毒」
- 内閣府 食品安全委員会 ファクトシート「セレウス菌食中毒」(2021年3月30日)
- 内閣府 食品安全委員会 ファクトシート「ウエルシュ菌食中毒」(平成23年11月24日作成)
- 内閣府 食品安全委員会 ファクトシート「カンピロバクター」
- 内閣府 食品安全委員会 リスクプロファイル「鶏肉におけるサルモネラ属菌」(改訂版・2012年1月)
- 内閣府 食品安全委員会 リスクプロファイル「牛肉を主とする食肉中の腸管出血性大腸菌」(改訂版・2010年4月)
- 内閣府 食品安全委員会「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」