低温調理の食材別の温度と時間|安全が下限を決める食材と、食感で選べる食材

この記事でわかること

  • 温度は「安全の下限」と「食感の窓」の重なりから選ぶこと
  • 下限が動かせるかどうかは、危険が表面にいるか内部にいるかで決まること
  • 時間は到達時間と維持時間の和で、厚みが動かすのは到達時間だけであること
  • 魚と卵には、温度と時間では表せない条件が別にあること

低温調理の早見表を見ると、鶏むね肉は60〜63℃、牛のかたまりは54〜56℃、サーモンは50〜52℃と、食材ごとに違う数字が並んでいます。この差はどこから来ているのでしょうか。

食材の好みが違うから、ではありません。その温度を決めているものが、食材ごとに違うからです。鶏の63℃は下げられない数字で、牛の54〜56℃は選んだ数字です。同じ表に並んでいても、成り立ちが違います。

この記事は、食材別の設定を「決め方」に分解します。手元の食材が早見表と違う厚みでも部位でも、自分で設定を出せるようにするのが目的です。個別の食材の数値そのものは扱いません(早見表は低温調理の技術にあります)。

食材別の設定は、3つの量をこの順で決めている

低温調理で決める量は3つです。温度・時間・厚み。この3つは独立しておらず、決まる順番があります。

この記事では次の2つの言葉を使います。安全の下限は、加熱条件を満たすためにこれ以上でなければならない中心温度です。食感の窓は、狙う仕上がりになる中心温度の範囲で、上端を超えると水分が抜けて硬くなります。設定温度は、この2つが重なるところから選びます。

決める量何から決まるか食材で変わるか
設定温度(℃)「安全の下限」と「食感の窓」が重なる範囲変わる。どちらが先に決まるかが食材ごとに違う
維持時間(分)選んだ温度に対応する加熱条件変わらない。温度が決まれば加熱条件から決まる
到達時間(分)食材の厚み・重さ・種類変わる。手元の食材ごとに毎回違う

温度がいちばん先で、そこから維持時間が決まり、厚みが到達時間を決めます。早見表の数字が食材ごとに違うのは、設定温度の行——安全の下限と食感の窓のどちらが先に決まるかが食材ごとに違うからです。

50℃ 55℃ 60℃ 65℃ 70℃ 鶏むね肉:安全の下限が先に決まる 安全の下限より低いので選べない 選べる温度 牛のかたまり:表面を処理する前提なら食感の窓から選ぶ 選べる温度 上げると硬くなるので選ばない 橙=実務で選ばれている温度。灰=選ばれない温度。目盛りは位置の目安で、推奨の設定値ではありません
同じ「食材別の温度」でも、鶏は安全の下限に押し上げられて残った範囲、牛は食感の窓そのもの。幅の広さが違う(牛に公的な下限が無いという意味ではありません。本文参照)

温度を縛っているものが食材で違う

食材は、温度を縛っているものによって3つの型に分かれます。安全が縛る型、食感が縛る型、そして下限という形では縛られない型です。次の表では最後の型を卵と野菜の2行に分けていますが、縛るものが違うだけで同じ型です。

食材温度を縛っているもの下限を動かせるかいま答えがある記事
豚・鶏・挽き肉・成形肉安全条件。通知や指針の側から下限が決まる動かせない豚肉の火入れ・鶏肉の火入れ
牛のかたまり・魚食感。実務では表面の処理を前提に窓の中から選ぶ(ただし牛肉にも公的な加熱条件はある。後述)実務上は食感で決まる牛肉の火入れ・魚の火入れ
卵白身と黄身の凝固温度の差。下限ではなく、2つの温度のあいだのどこを取るかの問題下限という形では存在しない卵の火入れ
野菜酵素。50〜70℃は細胞壁を固める側に働く下限ではなく避ける帯がある温度で変わる食材の科学・野菜の火入れ

安全が縛る食材(豚・鶏・挽き肉・成形肉)

豚の食肉は、中心部の温度を63℃で30分間以上、またはこれと同等以上の効力を有する方法で加熱することが求められています(厚生労働省「豚の食肉の基準に関するQ&A」)。これは調理する側が選ぶ値ではなく、通知の側から決まっている下限です。

鶏はカンピロバクターが主な相手になります。食品安全委員会は、鶏肉などの食肉について中心部を75℃以上で1分間以上(ファクトシート「カンピロバクター」)、低温側では63℃で30分間の維持(「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」)を示しています。カンピロバクターは数100程度の少ない菌量の摂取で感染することが知られているため、下限を削る余地が小さい相手です。

この型の食材では、順番が決まります。まず下限が決まり、そのうえで狙う食感がその下限より上にあるかを確かめます。下限より下に食感の窓がある場合、その食感はこの食材では作れません。

食感が縛る食材(牛のかたまり・魚)

先に断っておくと、牛肉に公的な加熱条件が無いわけではありません。食品安全委員会は牛肉についても「中心部の温度を63℃30分加熱する方法またはこれと同等以上の効力を有する方法が必要」としています。数字だけ見れば豚と同じです。

それでも早見表が54〜56℃を出すのは、下限の根拠が中心から表面へ移っているからです。牛のかたまりは菌が主に表面にいるので、表面を処理すれば、中心温度は安全とは別の問題になります。この前提が成り立つ範囲は狭く、挽いた時点でも長く冷蔵した時点でも崩れます(次の「分かれ目は『危険がどこにいるか』」で扱います)。中心温度を好みで決められるのは、表面の側で条件を引き受けたときだけです。

魚の身は結合組織が少なく、身の凝固が先に来ます。温度を上げるほど身が締まって水分が抜けるので、食感の窓が先に温度を決めます(魚は寄生虫の扱いが加熱の外に残ります。これは最後の節で扱います)。

この型の食材では、順番が逆になります。まず狙う食感から温度を決め、そのうえで、その温度で安全の側をどう引き受けるかを決めます。

下限も窓も持たない食材(卵・野菜)

卵は、白身と黄身で固まる温度が違うという性質そのものが設計の対象です。どちらか一方だけを固める温度帯を選べるので、「下限」ではなく「2つの温度のあいだのどこを取るか」の問題になります。温度ごとの状態は卵の火入れにまとめてあるので、ここでは繰り返しません。

野菜はさらに別です。50〜70℃という低温調理の温度帯は、野菜の細胞壁を固める酵素が働く帯とちょうど重なります。肉にとってのちょうどいい温度が、野菜にとっては硬くなる温度です。だから野菜には「下限」ではなく「避ける帯」があります。

分かれ目は「危険がどこにいるか」

なぜ豚と鶏では下限が動かせず、牛のかたまりでは選べるのでしょうか。動物の種類が違うから、ではありません。危険がどこにいるかが違うからです。

食材の状態危険がいる場所温度を縛るもの
筋肉のかたまり(牛・冷蔵が長くなっていないもの)主に表面食感
挽き肉・成形肉・刺して味を入れた肉表面にいた菌が内部に入っている安全
鶏の筋肉筋肉そのものの汚染率が高い(小売店の国産鶏肉で32〜96%・平均65.8%)安全
肝臓(牛・豚)元から内部まで安全
長く冷蔵した牛のかたまり表面から内側へ入っていく安全(かたまりの前提が崩れる)

出典:内閣府 食品安全委員会 ファクトシート「カンピロバクター」(作成日 平成28年4月12日/最終更新日 平成28年9月30日。「ウシの肝臓は、表面だけでなく内部まで汚染されているとの報告があります」「ブタの肝臓も内部まで汚染されているとの報告があります」、および小売店での国産鶏肉の汚染率32〜96%・平均65.8%)、同「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」(「冷蔵保管が長くなり肉の熟成が進むと、菌が表面から内側に入ってゆきます」)。「長く」が何日からかは、いずれの資料にも示されていません。

つまり「牛は低温でよい」は牛という動物の性質ではなく、かたまりのまま扱われた筋肉という状態の性質です。同じ牛でも、挽けば条件が変わります。長く冷蔵しても変わります。肝臓は、かたまりであっても最初から内部に危険がある別の食材です。

肉の断面の色が安全の証拠にならないのも、この構造から来ています。色を決めているものと、菌を減らすものが別だからです。この論点は肉の色と安全が扱っています。

時間は「到達時間+維持時間」で、厚みが効くのは到達時間だけ

温度が決まると、次は時間です。低温調理の総調理時間は2つの部分に分かれます。

  • 到達時間:湯に入れてから、中心温度が設定温度に届くまで
  • 維持時間:中心が設定温度に届いてから、加熱条件を満たすまで

このうち食材の寸法で変わるのは到達時間だけです。維持時間は温度から決まるので、300gでも760gでも同じです。食品安全委員会が公表している実測値を見ると、到達時間がどう動くかが分かります。

肉の種類と大きさ湯の温度中心が63℃に届くまで(到達時間)到達後に必要な維持時間
鶏ムネ肉 約300g(厚さ約3cm)63℃平均68分中心63℃で30分間
鶏ムネ肉 約300g(厚さ約3cm)70℃・75℃平均70分程度中心63℃で30分間(中心70℃まで上げるなら3分間、75℃なら1分間)
牛モモ肉 約300g(厚さ約3cm)63℃約94分中心63℃で30分間以上
牛モモ肉 約300g(厚さ約3cm)70℃・75℃平均100分程度中心63℃で30分間以上
牛モモ肉 760g(18cm×9cm×厚さ6cm)70℃180分中心63℃で30分間以上

出典:内閣府 食品安全委員会「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」。温度はすべて中心温度(「肉の三か所の温度を測定した中で最も低い最低温度」)で、湯の温度と区別しています。食べてよくなるのは到達時間+維持時間が終わった時点です。到達時間だけで取り出すと加熱条件を満たしません。

この表から3つ読み取れます。

  1. 同じ重さ・同じ厚みでも肉の種類で違います。 300g・厚さ3cm で鶏68分・牛94分と、牛は鶏の約1.4倍かかっています。重さだけでも厚みだけでも決まりません
  2. 湯温を上げても到達時間はほとんど縮みません。 鶏は63℃で68分、70℃・75℃でも70分程度です。湯温を上げて縮むのは維持時間のほうです
  3. 大きくなるほど到達時間は延びます。 牛モモは厚さ3cmの300gが100分、厚さ6cmの760gが180分でした。ただしこの2つは厚みと重さが同時に変わっているので、厚みだけの効果としては読めません

だから「厚み1cmにつき何分」という換算式は作れません。肉の種類と形で変わるからです。手元の食材が実測値の条件と違うなら、やることは2つです。中心温度を測って到達を確認するか、それができないなら実測値のある条件(300g・厚さ3cm)に食材の側を合わせて切り分ける。厚い塊を勘で延長するより、厚みを揃えるほうが確実です。

なお、火を止めてからの余熱は当てになりません。食品安全委員会は「余熱を利用するレシピは、肉の温度が食中毒を防止できるほどには上がらない」としています。余熱の使いどころは余熱調理にありますが、低温調理の加熱条件を満たす手段には使えません。

温度表の外側にある条件(魚と卵)

食材別に見ていくと、温度と時間の組では表せない条件が2つ出てきます。早見表だけを見ていると落ちる部分です。

魚の寄生虫は、加熱と冷凍のどちらかで処理します。 厚生労働省はアニサキスについて、加熱なら60℃で1分・70℃以上、冷凍なら−20℃で24時間以上としています。50℃前後で仕上げる低温調理は、このどちらも満たしません。その温度帯で食べるなら、冷凍で処理された魚を選ぶという条件が、温度を決めるより先に立ちます。同じリーフレットは「一般的な料理で使う程度の食酢での処理、塩漬け、しょうゆやわさびでは、アニサキス幼虫は死滅しない」とも書いています。酢で締めれば大丈夫、にはなりません。

卵は殻付きのまま使うので、卵そのものの表示が条件になります。 生食用の殻付き卵には、生食用である旨と、品質保持期限(現在の賞味期限)経過後は飲食に供する際に加熱殺菌を要する旨を表示することとされており、10℃以下で保存することが望ましい旨も表示することとされています(厚生省通知 平成10年11月25日 生衛発第1674号)。低温調理の温泉卵は、この「加熱殺菌」を前提にした食べ方ではありません。生で食べられる状態の卵を、その条件が生きているうちに使うことが前提になります。

この2つは、設定温度を何℃にするかとは独立した条件です。温度を正しく選んでも、材料の側でこの条件を外していれば意味がありません。

低温調理の中でのこの記事の立ち位置

低温調理の記事は問いごとに分かれています。この記事が引き受けているのは、条件を食材ごとの設定に落とす部分だけです。

問い何で決まるかこの記事との関係
なぜ低温で加熱するのかタンパク質の変性温度食材に依らない原理。タンパク質の変性とコラーゲンのゼラチン化が答えている
なぜその条件なら安全と言えるのか菌(殺す・増やさない・確認できる)別の問い。低温調理の安全条件が答えている。この記事は条件の中身を作らず、使う側に回る
この食材は何℃で何分か危険の位置・食感の窓・厚みこの記事。ただし数値そのものは低温調理の技術の早見表にある
湯から出した後に何をするか冷却・保存・再加熱の手順別の問い。この記事は加熱の設定までで止める

この記事と低温調理の安全条件の違いは、条件を作る側か使う側かです。 安全条件の記事は「なぜ63℃30分で安全と言えるのか」に答えます。この記事は、その条件を持ってきて「では手元のこの肉は何℃で何分か」に答えます。同じ63℃30分という値を扱っていても、問いが逆を向いています。

食材ごとの記事(牛・豚・鶏・魚・卵)はまだ書かれていません。それぞれの食材の詳しい値は、上の表からリンクしている既存の火入れの記事と、肉の加熱温度にあります。実際の1品で通しの流れを見たい場合は鶏胸肉のハムが具体例になります。

まとめ

食材別の早見表は、次の手順を食材ごとに1回ずつ実行した結果です。

  1. 温度:安全の下限と食感の窓が重なる範囲から選びます。どちらが先に決まるかが食材で違い、豚・鶏は下限が先、牛のかたまり・魚は窓が先です(牛に下限が無いのではなく、下限を表面の処理で引き受けています)
  2. 分かれ目:下限が動かせるかどうかを決めているのは動物の種類ではなく、危険が表面にいるか内部にいるかです。挽けば動き、長く冷蔵しても動きます
  3. 時間:到達時間と維持時間の和です。厚みが動かすのは到達時間だけで、湯温を上げても到達時間は縮みません
  4. 材料側の条件:魚の寄生虫と卵の表示は、温度と時間では表せない別の条件です

早見表の数字を覚える必要はありません。覚えるのは、その食材で何が温度を決めているかのほうです。それが分かれば、表に載っていない厚みの肉が手元にあっても、設定を自分で出せます。