低温調理で加熱しても死なない相手|芽胞・毒素・寄生虫・ウイルスの手当て

低温調理で加熱しても死なない相手|芽胞・毒素・寄生虫・ウイルスの手当て

この記事でわかること

  • 低温調理の殺菌条件が効くのは「加熱で減らせる菌」だけだと分かる
  • 加熱で処理できない相手が芽胞・毒素・寄生虫・ウイルスの4つに分かれると分かる
  • 相手ごとに手当て(増やさない・冷凍・十分加熱)が変わることを判断できる

低温調理の安全を調べると、まず「中心を63℃にして30分保てばよい」という条件に行き着きます。この条件は正しいのですが、効く相手が決まっています。加熱で減らせる菌を、決めた割合まで減らす——それがこの数値の約束のすべてです。

問題は、加熱で減らせない相手がいることです。「加熱しても死なない菌がいる」というのは本当で、低温調理に限らず加熱調理全般に当てはまります。この記事が扱うのは、低温調理の安全条件のうち、加熱条件を満たしても処理できないハザードの側です。兄弟記事が「何℃で何分なら菌が減るか」(殺す側)を扱うのに対して、ここでは加熱では減らない相手は何で、それぞれ何で処理するのかを4つに分けて示します。温度と時間の一覧表は持ちません。

低温調理の加熱条件が効かない相手がいる

63℃30分が約束しているのは「加熱で減らせる菌を減らした」ことだけ

低温調理の殺菌条件(63℃30分、または75℃1分と同等)は、加熱で死ぬ菌を対象にしています。温度を上げ、時間をかけると、対象の菌は決めた割合まで減っていきます。この等価がなぜ成り立つかは75℃1分と63℃30分が同等な理由が扱っています。

けれども、この条件は「食品の中にいる危険なものが全部消えた」とは言っていません。加熱という操作そのものが届かない相手が、この数値の外側にいます。

加熱条件の外側にいる4つ

加熱で処理できない相手は、性質の違う4つに分かれます。芽胞・毒素・寄生虫・ウイルスです。4つとも、温度と時間をどれだけ正しく積んでも減りません。けれども「減らない理由」も「ではどうするか」も、相手ごとに違います。

相手加熱で処理できるかなぜ処理できないかではどうするか各論の記事
耐熱性の芽胞できない休眠した殻に守られ、100℃でも長時間生き残る増やさない(速やかに喫食・小分け・適温で保存)危険温度帯は何℃か
すでにできた毒素できない(一部できる)菌を殺しても、作られた毒素は残る作らせない(=菌を増やさない)本記事の下の節
寄生虫低温調理の温度では届かない実務温度(40〜55℃台)が死滅条件に足りない冷凍で先に処理するか、十分に加熱する低温調理の魚の温度と時間
ウイルス低温調理の温度では届かない実務温度では不活化できない十分に加熱するか、生食・加熱不足を避ける低温調理の魚の温度と時間
63℃30分が効く範囲 =加熱で減らせる菌 (兄弟記事が扱う側) ① 耐熱性の芽胞 増やさない ② すでにできた毒素 作らせない ③ 寄生虫 冷凍または十分加熱 ④ ウイルス 十分加熱または避ける
殺菌条件が効くのは中央の円の中だけ。外側の4つは加熱では減らず、相手ごとに手当てが変わる

相手ごとに処理の手段が違う

この表の要点は、右から2列目です。手当てが4つで揃っていません。「もっと加熱すれば安全」という一本の対策は、どの相手にも効きません。芽胞と毒素は加熱では減らないので増やさない側に回し、寄生虫とウイルスは低温調理の温度では届かないので料理を始める前に処理します。

この記事は、親記事低温調理の安全は温度と時間だけでは決まらないが立てた3条件のうち、条件①「殺す」の限界を相手の側から具体化したものです。

耐熱性の芽胞|殺せないから、増やさない

芽胞は菌が作る休眠した殻

芽胞(がほう)とは、生育に不利な環境になったときに菌が菌体内に作る殻です。食品安全委員会は「加熱や乾燥などの過酷な条件に対して強い抵抗性を持ち、発育に適した環境になると、栄養細胞となり再び増殖する」と説明しています。つまり芽胞は、菌が殻に閉じこもって環境が戻るのを待っている休眠状態です。

耐熱性の具体値

芽胞を作る菌のうち、低温調理で問題になるのはウエルシュ菌とボツリヌス菌です。どちらも芽胞の耐熱性が桁違いに高く、家庭の加熱では殺せません。

菌芽胞が死ぬ加熱条件増殖できる温度の下限
ウエルシュ菌(耐熱性芽胞)100℃で1〜6時間でも生き残る12℃から
ボツリヌス菌Ⅰ群(たん白分解性)120℃で4分10℃から
ボツリヌス菌Ⅱ群(非たん白分解性)80℃で6分3℃から

出典: 食品安全委員会ファクトシート「ウエルシュ菌食中毒」(平成23年11月24日作成)/同「ボツリヌス症」(最終更新 令和3年3月30日)

いずれも、家庭やレストランの加熱では届かない条件です。ウエルシュ菌には100℃数分で死ぬ易熱性の芽胞もありますが、食中毒を起こすのは主に耐熱性芽胞を作る菌です。100℃で1〜6時間という値は、沸騰したお湯で煮続けても死なないことを意味します。低温調理の湯温(55〜63℃前後)では、芽胞は手つかずで残ります。

低温調理はむしろ芽胞に都合がよい

やっかいなのは、低温調理の条件が芽胞の増殖に不利ではなく、有利に働くことです。ウエルシュ菌は12〜50℃で増え、最もよく増えるのは43〜45℃。低温調理で肉の中心が目標温度に届くまでの時間、中心はこの温度帯を通ります。さらに、加熱後に緩慢に冷やすと、ウエルシュ菌は55℃付近から急速に増え始めます。

真空パックが酸素を抜くことも、酸素を嫌うこれらの菌にとっては好都合です。ただし「真空という操作そのものが安全に何をしているのか」は危険温度帯は何℃かの先にある別の問いなので、ここでは温度帯に話を絞ります。要点は、芽胞を殺せない以上、増やす時間と温度を与えないことだけが残る、という点です。

手当ては「増やさない」

食品安全委員会はウエルシュ菌の予防を、加熱殺菌(温め直しによる発芽した菌の殺菌)と増殖阻止の2つに分け、増殖阻止を「調理後の速やかな喫食、小分けと10℃以下又は55℃以上の温度での保存」と具体的に書いています。発症には多量の菌(1人あたり1億〜10億個)が要るとされ、増やさなければ発症に届きません。

何℃の帯に何分いてよいか、冷却を何分で終えるかという温度と時間の中身は危険温度帯は何℃かが数値で持っています。ここでは「加熱では減らない、だから増やさない」という方針までを確定させます。

すでにできた毒素|菌を殺しても、毒素は残る

加熱は菌を殺す操作で、できた毒素を壊す操作ではない

食中毒には、菌そのものが体内で悪さをする型と、菌が食品の中で作った毒素を食べて起きる型(毒素型)があります。毒素型では、食べる前に菌を加熱で殺しても手遅れになることがあります。毒素は菌とは別の物質で、菌が死んでも食品の中に残るからです。

「加熱すれば殺菌できる」という感覚は、菌には当てはまっても毒素には当てはまりません。殺菌と、できた毒素を壊すことは、別の操作です。

耐熱の毒素と、例外的に易熱の毒素

毒素の耐熱性は、作る菌によって違います。ここも「毒素は全部加熱に強い」と一括りにすると判断を誤ります。

毒素作る菌加熱で壊せるか
エンテロトキシン黄色ブドウ球菌壊れにくい(耐熱性)。菌を殺しても毒素は残る
セレウリド(嘔吐毒)セレウス菌(嘔吐型)壊れにくい(耐熱性)
ボツリヌス毒素ボツリヌス菌壊れる(易熱性。80℃20分、または100℃1〜2分で不活化)

出典: 食品安全委員会ファクトシート「ボツリヌス症」ほか(各毒素の耐熱性)

ボツリヌス菌は、芽胞は120℃で4分の加熱が要るほど熱に強い(家庭の加熱では事実上届きません)一方で、作る毒素は加熱で壊れるという組み合わせです。芽胞と毒素で耐熱性が逆になるので、「この菌は熱に強い/弱い」と一言でまとめられません。相手が芽胞なのか毒素なのかで、効く手が変わります。

手当ては「作らせない」

毒素は加熱で消せない以上、できる前に止めるしかありません。菌が増えれば毒素が作られるので、手当ては芽胞と同じく「増やさない」に帰着します。低温調理では、下処理で肉を常温に長く置く、袋に詰める前に室温で放置するといった工程が、毒素を作る時間を与えます。殺菌条件を正しく積んでも、その前に毒素ができていれば無効になります。温度帯と時間の管理は、ここでも危険温度帯は何℃かが受け持ちます。

寄生虫|低温調理の温度では死なない

低温調理の実務温度は処理条件に届かない

寄生虫は、低温調理でよく誤解される相手です。とくに魚で問題になります。アニサキスは加熱60℃で1分間(70℃以上なら瞬時)、または冷凍−20℃で24時間以上で死滅しますが、低温調理で実際に選ぶ40〜55℃台は、この加熱処理条件に届いていません。生の魚を40℃台に温めるのは食感のための加温であって、殺菌でも寄生虫対策でもありません。

冷凍で、料理を始める前に終わらせる

だから寄生虫の手当ては、料理の設定(温度×時間)ではなく、材料を選ぶ段階にあります。冷凍処理された魚を使うか、処理条件に届く加熱をするかの二択です。「生食用」という表示は鮮度や用途を示すもので、アニサキス対策が済んだ証明ではありません。

寄生虫はアニサキスだけではない

相手はアニサキスに限りません。冷凍への耐性が高い寄生虫や、アニサキスとは別の加熱条件が要る寄生虫もいて、「一律−20℃で24時間」や「60℃で1分」で片づくとは限りません。だから魚ごとに、どの寄生虫を相手にしていて、冷凍と加熱のどちらで処理するかを確かめる必要があります。

魚種ごとの温度と時間の決め方、寄生虫ごとの処理条件、実際の手順は低温調理の魚の温度と時間が具体的な数値で持っています。ここでは「低温調理の加熱設定では処理できない、冷凍か十分な加熱で料理の前に終わらせる」という分類上の位置づけに留めます。

ウイルス|低温調理では不活化できない

低温調理の温度帯では不活化できない

ウイルスも、低温調理の温度帯では不活化できません。二枚貝に関わるノロウイルスは、低温調理の湯温では処理できず、中心まで十分に加熱する条件が別に要ります(二枚貝では中心部が85〜90℃で90秒以上とされます)。

E型肝炎ウイルス(HEV)は、豚やジビエの生食・加熱不足で問題になります。これも低温調理の温度では不活化できないため、豚やジビエは十分な加熱が前提になります。食材別の加熱条件は、低温調理の各食材の記事が受け持ちます。

十分に加熱するか、生食・加熱不足を避ける

ウイルスには「増やさない」が効きません。細菌と違い、ウイルスは食品の中では増えず、ヒトや動物の体内でしか増えないからです。増殖を抑える操作に意味がない以上、手当ては十分な加熱か、生食・加熱不足を避けることの二択になります。

低温調理の安全条件の中でのこの記事の立ち位置

この記事は、低温調理の安全を扱う記事群のなかで、加熱で処理できない相手を分類する入口にあたります。兄弟記事との違いを整理すると、次のようになります。

記事問い扱う側
本記事(加熱で死なない相手)加熱で処理できない相手は何かハザードの側(何が残るか)の分類
75℃1分と63℃30分が同等な理由加熱で減らせる菌を何℃で何分減らすか殺す側の温度×時間
危険温度帯は何℃か菌が増える温度帯はどこで、何分で抜けるか増やさない側の温度帯と時間
低温調理は温度計なしで成り立たない条件を満たしたと確認できるか測定・確認の側

親記事低温調理の安全は温度と時間だけでは決まらないが立てた3条件のうち、この記事は条件①「殺す」の限界を相手の側から具体化し、芽胞と毒素では条件②「増やさない」へ、寄生虫とウイルスでは材料選びと加熱へ、手当てを振り分けるハブの役目を持ちます。殺菌条件の一覧(63℃30分・75℃1分ほか)はここでは繰り返さず、殺す側の記事に渡します。4つのハザードを一つの表で見渡せることが、この記事の持ち場です。

まとめ

低温調理の殺菌条件(63℃30分・75℃1分と同等)が効くのは、加熱で減らせる菌だけです。その外側に、耐熱性の芽胞・すでにできた毒素・寄生虫・ウイルスの4つがいて、どれも温度と時間を正しく積んでも減りません。

芽胞と毒素は加熱で減らないので、手当ては「増やさない」です。速やかに喫食し、小分けして10℃以下または55〜65℃以上で保存し、常温放置の時間を作らないことに尽きます。寄生虫とウイルスは低温調理の温度では処理できないので、手当ては料理の前にあります。冷凍処理した材料を選び、生食用表示を過信せず、二枚貝やジビエ・豚は十分に加熱します。

「もっと加熱すれば安全」は、4つのどれにも効きません。相手を見分けて、相手ごとの手当てに切り替えることが、低温調理の安全の最後のひと押しになります。