低温調理は温度で食感、時間でやわらかさ|同じ湯温で何時間も置く意味

低温調理は温度で食感、時間でやわらかさ|同じ湯温で何時間も置く意味

この記事でわかること

  • 温度は食感(筋繊維)を、時間はやわらかさ(コラーゲン)を決める別々の軸であること
  • 温度を一定に保てる低温調理だけが、時間を独立に延ばせること
  • 時間を決めるのは部位で、結合組織の少ない部位は時間を延ばしても柔らかくならないこと
  • 時間は無料ではなく、延ばしすぎると肉が崩れること

低温調理のレシピには、同じ温度なのに時間だけが大きく違うものがあります。鶏むね肉は63℃で1時間ほど、牛すね肉は同じような温度で24時間以上。どちらも低温で火を入れているのに、なぜ時間がこれほど違うのでしょうか。

答えは、低温調理では温度と時間が別々の仕事をしているからです。温度は肉の食感を決め、時間はやわらかさを決めます。この2つは重なっていないので、片方を決めても、もう片方は自由に動かせます。

この記事は、温度を固定したまま時間だけを延ばすと何が起きるのかを扱います。

低温調理の4つの問いの中での、この記事の立ち位置

低温調理でつまずく場所は、原理・安全・食材別・仕上げの4つに分かれます。この記事が答えるのは原理のうち、時間が決める側の一問です。食感を決める温度の側は、別の記事が扱っています。

問い答える記事決まることこの記事との違い
なぜ温度で食感が変わるのか低温調理で肉がしっとりする原理何℃を狙うと食感がどちらへ振れるかあちらは温度が決める食感(ミオシンとアクチン)。この記事は温度を固定したまま時間が決めるやわらかさ(コラーゲン)
その条件でなぜ安全と言えるのか低温調理の安全条件何℃で何分保てば食べてよいかあちらの時間は菌を減らすのに要る時間。この記事の時間は結合組織がゼラチンに変わる時間で、同じ時間軸の別の使い道
この食材なら何度で何分か低温調理の食材別の温度と時間設定温度・時間・厚みの組み合わせあちらは食材ごとの設定値。この記事は部位=結合組織の多寡が時間を決める仕組みそのもの
湯から出した後に何をするか低温調理の急冷と保存真空パック・焼き目・急冷・保存の手順あちらは湯から出した後。この記事は湯の中に置き続ける時間の話

具体的な食材ごとの設定値は食材別の記事へ、菌を殺すのに要る時間は安全条件の記事へ、それぞれ譲ります。

低温調理では、温度と時間は別々に回せる2つのダイヤル

低温調理の設定は、温度と時間の2つの数字でできています。この2つは、肉の中の別々の部品を担当しています。

温度が決めるのは食感、時間が決めるのはやわらかさ

肉のかたさには、出どころの違う2種類があります。ひとつは筋繊維(筋原線維)のかたさ、もうひとつは結合組織のコラーゲンのかたさです。この2つは、加熱に対して別々に反応します。

決めるもの担当する部品何で動くか仕上がりへの効き方
食感(しっとり・弾力)筋繊維(ミオシン・アクチン)温度中心が狙いの温度に達した時点でほぼ決まる
やわらかさ(ほぐれ・とろけ)結合組織(コラーゲン)時間同じ温度でも、長く置くほどゼラチンに変わって進む

出典:筋繊維(ミオシン・アクチン)の変性温度は当サイトのタンパク質変性の科学、コラーゲンのゼラチン化はコラーゲンとゼラチン化の科学にまとめた値(若松純一、鈴木たね子(1971)ほか)。

温度を決めると食感が決まり、時間を決めるとやわらかさが決まります。この2つが重ならないので、低温調理では「食感はこの温度、やわらかさはこの時間」と別々に選べます。鶏むね肉を63℃にするのは食感を選ぶ操作、牛すね肉を24時間置くのはやわらかさを作る操作で、両者は別のダイヤルを回しています。

筋繊維の側がなぜ温度で食感を決めるのか、ミオシンとアクチンの変性温度の差がどう効くのかは、低温調理で肉がしっとりする原理が実測値とともに扱っています。この記事は、もう一方のダイヤル――時間の側だけを見ます。

なぜ低温調理だけが2つを分けられるのか

温度と時間を別々に回せるのは、低温調理に特有の性質です。焼く・煮るではこうはいきません。

低温調理は、湯の温度を狙いの中心温度と同じ値に固定します。60℃の湯に入れた肉は、時間が経てば表面も中心も60℃に近づき、そこで止まります。熱は温度の高いほうから低いほうへ流れ、差がなくなると流れが止まるので、60℃の湯と60℃の肉のあいだでは熱が動かず、肉はそれ以上熱くなれません。だから何時間でも、何十時間でも、同じ温度のまま置いておけます。

一方、フライパンやオーブンの温度は150〜300℃で、肉の中心の狙い(55〜65℃)よりはるかに高いままです。火にかけ続ければ肉の温度は上がり続けるので、時間を延ばすことは温度を上げることと同じになります。時間と温度が結びついていて、切り離せません。

同じ温度のまま時間を延ばすと、肉の中で何が進むか

温度を固定して時間だけを延ばすと、肉の中では時間で進むものだけが進み、温度で決まるものは止まったままになります。何が動いて何が止まるのかを分けて見ます。

湯温は一定(例60℃)。時間を延ばすと進むものと、止まるもの 湯に入れてからの時間 →(低温なら24〜72時間の単位) コラーゲン→ゼラチン(やわらかさ) 肉自身の酵素による軟化 筋繊維の食感(温度で決まり一定) 中心が目標温度に到達
筋繊維の食感は到達後ほぼ水平(温度が決める)。コラーゲンと酵素だけが時間とともに上がり続ける

コラーゲンのゼラチン化は温度でなく時間で進む

硬い部位のかたさの主な原因は、筋繊維を包むコラーゲンです。コラーゲンは、水とともに60℃以上で加熱し続けると、少しずつ分解されてゼラチンに変わり、肉がほぐれるようになります(鈴木たね子「調理加工と蛋白質変性」1971年)。

ここで効くのが時間です。コラーゲンがゼラチンに変わる反応は、温度が低いほどゆっくり進みます。70〜80℃なら数時間で進みますが、低温調理の60〜65℃では24〜72時間かかります。温度を上げずにゼラチン化を進めるには、その低い温度のまま長く置くしかありません。だから、かたい部位を低温調理でやわらかくしたいときに温度を上げるのは逆効果で、必要なのは時間です。

コラーゲンが収縮していったん硬くなる谷を通ってからゼラチン化するという二段の仕組みは、コラーゲンとゼラチン化の科学が温度×時間の地図として詳しく扱っています。この記事で押さえるのは、その反応が温度ではなく時間で進むという一点です。

肉自身の酵素も、時間で効く

やわらかくなる経路は、コラーゲンのゼラチン化だけではありません。肉には、肉自身のたんぱく質を少しずつ分解する酵素がもともと含まれています。この酵素は、おおよそ60℃以下の温度帯では働きを保ち、長く置くほど肉を分解してやわらかくします(Douglas Baldwin, A Practical Guide to Sous Vide)。

熟成肉がやわらかくなるのと同じ働きが、低温調理の湯の中でも時間をかけて進みます。これはゼラチン化とは別口の、やはり時間で効く軟化です。60℃を超える温度帯ではこの酵素は失活していくので、酵素による軟化を使えるのは低めの温度で長く置いたときに限られます。ここでも、効いているのは温度ではなく時間です。

筋繊維の食感は温度でほぼ決まり、時間ではあまり動かない

一方、筋繊維の食感は時間ではほとんど動きません。ミオシンとアクチンの変性は、中心が狙いの温度に達した時点でほぼ終わっていて、同じ温度のまま置き続けても、そこから大きく変わることはありません。

これが低温調理の強みです。かたい部位を24時間かけてやわらかくするあいだも、筋繊維は最初に選んだ食感のまま保たれます。牛すね肉を60℃で長時間かけても、筋繊維はミディアムレアの状態を保ったまま、コラーゲンだけがゼラチンに変わっていきます。時間を延ばしても「焼けすぎ」の方向には進まないのは、筋繊維の食感を決める温度を、こちらが低く固定しているからです。

ただし、時間が無制限に安全というわけではありません。非常に長く置けば、酵素は筋繊維のたんぱく質まで分解しはじめ、肉はやわらかさを通り越して崩れる側に向かいます。この上限については後の節で扱います。

実測で見る「時間だけ」の効き方

時間を延ばすと何が変わるかは、同じ温度で時間だけを変えた比較で確かめられます。

低い温度では、短い時間では足りない

ある豚バラ肉の食べ比べでは、65℃で2時間・4時間・7時間と置いた3つのあいだで、食感の違いはわずかでした。どれも焼いた豚バラのような歯ごたえが残り、時間を延ばしても大きくはほぐれませんでした。一方、同じ豚バラを78℃で2時間・4時間・7時間と置くと、脂はプリプリからプルプル、そしてトロッと変わり、肉繊維もほぐれて、7時間では煮込んだ豚バラの食感になりました(出典:個人の調理実験。数値ではなく傾向として読んでください)。

65℃で7時間でもほぐれなかったのは、失敗ではありません。低い温度ではゼラチン化がゆっくり進むので、7時間ではまだ必要な時間に届いていないだけです。やわらかくしたいのに硬いときは、加熱しすぎたのではなく時間が足りていないサインで、温度を上げるのではなく時間を延ばすのが筋です。この失敗の向き(低温調理で硬いのは加熱不足ではなく時間不足の側)は、低温調理とは何をする加熱かでも扱っています。

硬い部位は低温で長時間置くと、食感を保ったまま柔らかくなる

低温調理の権威的なガイドでは、硬い部位――牛の肩やバラなど――を55〜60℃で24〜72時間保持すると、結合組織が溶けて柔らかくなり、そのあいだ筋繊維はミディアムレアのジューシーさを保つ、とされています(Baldwin)。温度で食感を選び、時間でやわらかさを作るという2軸の操作が、ここに具体的な数字として現れています。

温度帯ゼラチン化に要る時間の目安筋繊維の食感向く部位
60〜65℃(低温調理)24〜72時間ミディアムレアを保ったまますね・バラなど結合組織の多い部位
70〜80℃(弱火煮込み)数時間火が通りきった状態煮込み全般

出典:若松純一「肉のかたさを科学的に考えてみよう!」(ゼラチン化の温度帯)、Douglas Baldwin, A Practical Guide to Sous Vide(低温長時間の保持条件)。時間はいずれも目安で、部位・厚み・個体で変わります。低温ほど食感を保てますが、必要な時間は長くなります。

時間を決めるのは部位——結合組織の多寡

同じ低温調理でも、必要な時間は部位でまったく違います。何時間置けばよいかを決めているのは、その部位にどれだけ結合組織があるかです。

結合組織が多い部位ほど長く、少ない部位は時間を延ばしても柔らかくならない

よく動く部位ほど結合組織が多く、コラーゲンに富みます。牛ならすね・バラ・ほほ・テールがこれにあたり、長い時間をかけてゼラチン化させる価値があります。逆に、ヒレやロースは結合組織が少ない部位です。

ここが大事な点です。結合組織の少ない部位は、時間を延ばしても柔らかくなりません。ゼラチンに変わる相手がそもそも少ないからです。ヒレを長時間置いても、ほぐれるコラーゲンがないまま酵素の分解だけが進み、やがてただパサついて崩れていきます。時間が効くのは、ゼラチン化する結合組織を持った部位に限られます。

部位ごとに何度で何時間にすればよいかという具体的な設定値は、低温調理の食材別の温度と時間と、牛の塊肉を個別に扱った低温調理のローストビーフの温度と時間にまとめてあります。この記事で押さえるのは、時間を決めているのが部位の結合組織だという仕組みのほうです。

時間は無料ではない——延ばしすぎたときのコスト

時間がやわらかさを作るなら、長く置くほど良いように思えます。しかし時間にはコストがあり、延ばせば延ばすほど良いわけではありません。

まず、保持しすぎると肉は崩れます。先ほどの酵素は、コラーゲンだけでなく筋繊維のたんぱく質も少しずつ分解するので、最適な時間を大きく超えると、肉はやわらかさを通り越して、ぼろぼろと崩れる食感になります。目安の時間の2倍くらいまでは許容範囲とされますが、それ以上は食感が壊れる側に進みます(Baldwin)。

次に、同じ温度でも時間とともに肉汁は出続けます。しっとりと長時間は、いつも両立するわけではありません。やわらかくしたい部位では長い時間が必要ですが、その時間が肉汁を押し出す側にも働くという釣り合いの中で、置く時間を決めることになります。

もうひとつ、低い温度で長い時間というのは、安全の面でも注意が要る条件です。ここまでの温度・時間はすべて食感のための値で、安全の下限とは別物です。安全に食べるには、別途、中心温度が目標に達してから必要な維持時間を満たすこと(たとえば鶏むね肉なら中心が63℃に達してから30分以上、またはその同等条件)が要ります。加えて、空気を抜いた袋の中を低温で長く保つ条件は、加熱だけでは処理しきれない菌への配慮も必要になります。これらの安全条件は低温調理の安全条件と、加熱後の冷却・保存を扱う低温調理の急冷と保存で必ず確かめてください。

まとめ

低温調理で同じ温度のまま時間を延ばすと何が変わるか、4点にまとめます。

  1. 温度と時間は別の軸です。温度は筋繊維の食感(しっとり・弾力)を決め、時間はコラーゲンのやわらかさ(ほぐれ・とろけ)を決めます。この2つは重ならないので、別々に選べます
  2. この分離は低温調理だけの性質です。湯温を狙いに固定すると肉がそれ以上熱くならないので、食感を決める温度を低く保ったまま、時間だけを何時間でも延ばせます。焼く・煮るは温度が上がり続けるので、時間と温度を切り離せません
  3. 時間を決めるのは部位です。結合組織の多い部位(すね・バラ)は長い時間でゼラチン化する価値がありますが、少ない部位(ヒレ)は時間を延ばしても柔らかくならず、崩れていくだけです
  4. 時間は無料ではありません。延ばしすぎると肉は崩れ、肉汁も出続け、安全の面でも注意が要ります

やわらかくしたいのに硬いときに手を伸ばすべきなのは、温度のダイヤルではなく時間のダイヤルです。そしてその時間が効くかどうかは、選んだ部位がすでに決めています。