この記事でわかること
- 真空パックが除くのは酸素だけで、ボツリヌス菌を止める3条件に酸素は入っていないこと
- 冷却の公表条件が3つあり、対象が違うので数値も数え方も違うこと
- 保存温度には告示の基準があるが、保存日数には公表条件が無いこと
- 再加熱の温度は日本の公表文書に書かれておらず、加熱条件の表に戻って決めること
低温調理の保存について調べると、冷蔵3日・冷凍1か月・再加熱75℃といった数値がすぐに出てきます。ただ、その数値がどこから来たのかを書いているページはほとんどありません。しかも値そのものが揃っていません。再加熱の温度は、解説によって55℃・74℃・75℃と3通りに割れています。
この記事は、湯から出した後の4つの操作(真空パック・焼き目・急冷・保存と再加熱)を、日本の公表条件だけで組み直します。加熱の設定値そのものは扱いません。
答え|湯から出した後にやることは、冷やす速さと保つ温度で決まる
4つの操作と、それぞれが守っているもの
加熱条件を満たした時点では、まだ終わっていません。満たした状態を壊すものは2つだけです。20〜50℃にいた時間と、そのあと保つ温度です。湯から出した後の操作は、すべてこの2つに従います。
| 操作 | 何のための操作か | 守るべき条件 | この記事のどの節が扱うか |
|---|---|---|---|
| 真空パック | 湯から食材へ熱が伝わる経路を作る(保存性を上げる操作ではない) | 袋の中で嫌気の条件が続くので、冷蔵で管理する | 真空パックの節 |
| 焼き目 | 香ばしさを作る(殺菌条件を満たす操作ではない) | 焼いているあいだも冷却の時間に数える | 焼き目の節 |
| 急冷 | 20〜50℃にいる時間を短くする | 公表条件が3つあり、数値も数え方も違う | 急冷の節 |
| 保存と再加熱 | 下げた温度を保ち、食べる前にもう一度条件を満たす | 保存温度には基準があり、再加熱には公表条件が無い | 保存と再加熱の節 |
この記事の数値はすべて中心温度です。加熱条件(63℃で30分、65℃で15分、70℃で3分、75℃で1分など。いずれも中心温度に達してからの維持時間)を満たしていることが前提で、満たしていないものを冷やしても安全にはなりません。 条件の中身は低温調理の安全条件が扱っています。
袋の中の食材は、国の分類では「要冷蔵の食品」になっている
厚生労働省は容器包装詰低酸性食品という分類を置いていて、次のように定義しています。
容器包装に密封した常温流通食品のうち、pHが4.6を超え、かつ、水分活性が0.94を超えるものであって、120℃、4分間に満たない条件で殺菌を行ったものです。殺菌は、容器包装に詰める前後を問いません。
低温調理の袋は、この3つにすべて当てはまります。生の肉や魚は酢漬けでも塩蔵でもないのでpHも水分活性も下がらず、加熱は高くても75℃前後で、120℃4分にはまったく届きません。
同じページは、事業者が取るべき対策を2つだけ示しています。「(1) 120℃で4分間加熱するか、(2) 生産から消費まで10℃以下で管理し、はっきり『要冷蔵』と表示する」。家庭の鍋で(1)は取れません。だから残るのは(2)だけです。
この記事で使う言葉
| 言葉 | この記事での意味 |
|---|---|
| 急冷 | 加熱の終了から、中心温度を所定の温度まで下げる操作 |
| 保存 | 下げきった温度を、食べるまで保つ操作 |
| 再加熱 | 保存したものを、食べる前にもう一度加熱する操作 |
| 真空パック | 袋の中の空気を抜いて密封する操作(真空シーラーでも水圧置換でも同じ) |
真空パック|酸素を除く操作は、菌の種類によって向きが逆になる
出発点|酸素を除く操作は、菌によって向きが逆になる
真空パックの説明はたいてい「酸素を除くので菌が増えにくい」で終わります。これは半分だけ正しい書き方です。酸素が減って不利になるのは好気性の腐敗菌で、有利になる菌が別にいます。ボツリヌス菌は内閣府 食品安全委員会のファクトシート「ボツリヌス症」が「芽胞を形成する偏性嫌気性の桿菌」と定義する菌で、酸素があると増殖できないかわりに、低酸素状態では芽胞が発芽して毒素を作ります。
この向きの逆転そのものは危険温度帯は何℃かが根拠とともに扱っているので、ここでは結論だけを引き継ぎます。真空にした袋の中は、この菌にとって条件が揃う方向に動きます。
この記事が引き受けるのは、その先です。では、何をすれば止まるのでしょうか。
ボツリヌス菌の増殖を止める条件に、酸素は入っていない
同じファクトシートは、増殖を止める条件を3つに限定して書いています。
ボツリヌス菌は、3℃未満又は水分活性(Aw)0.94未満、又高酸性(<pH4.6)では増殖及び毒素を産生することができません
温度・水分活性・酸の3つです。酸素はここに入っていません。 袋を真空にする操作は、止める条件を1つも満たしていないことになります。
| ボツリヌス菌の性状 | Ⅰ群 | Ⅱ群 | Ⅲ群 | Ⅳ群 |
|---|---|---|---|---|
| 芽胞の耐熱性(℃・分) | 120℃で4分 | 80℃で6分 | 100℃で15分 | 121℃で1.5分 |
| 発育至適温度(℃) | 37 | 30 | 40〜42 | 37 |
| 最低発育温度(℃) | 10 | 3 | 15 | 10 |
| 増殖の最低pH | 4.6 | 4.8 | データなし | データなし |
| 増殖の最低水分活性(Aw) | 0.94 | 0.97 | データなし | データなし |
出典:内閣府 食品安全委員会 ファクトシート「ボツリヌス症」(令和3年3月30日最終更新)の群別表から、加熱と保存の条件に関わる行を抜き出したもの。水分活性(Aw)は食品中の自由に動ける水の割合で、乾燥や塩蔵・糖蔵で下がります。同ファクトシートによると、Ⅰ群からⅢ群は日本の土壌等から検出されています。Ⅱ群は他の記事で「非たん白分解性」と呼んでいる群と同じものです。
低温調理で問題になるのはⅡ群です。最低発育温度が3℃と低く、冷蔵庫の中でも増えられます。一方で芽胞の耐熱性は80℃で6分なので、低温調理の温度帯(55〜75℃)では処理できません。
低温調理の袋は、その条件を3つとも外している
| 増殖を止める条件 | 低温調理の袋の中の状態 | 満たしているか |
|---|---|---|
| 3℃未満 | 加熱中は55〜75℃、加熱後は冷蔵庫の設定次第 | 加熱中は満たさない |
| 水分活性 0.94未満 | 生の肉・魚をそのまま入れる(乾燥も塩蔵もしていない) | 満たさない |
| pH 4.6未満 | 酢漬けにしていない | 満たさない |
つまり低温調理は、嫌気・低温・長時間という条件を同時にそろえる操作です。それでも事故がまれなのは、条件が1つだけ残っているからです。加熱が終わった後、速やかに冷やして低い温度で保つこと。この記事の残りは、全部その話になります。
それでも真空にするのは、熱の経路を作るため
では何のために空気を抜くのか。保存性ではなく、熱の伝わり方のためです。空気は水よりはるかに熱を伝えにくく、空気が残った袋は浮いて食材が湯面から出ます。浮いた面は湯に触れていないので、その部分だけ設定温度に届きません。熱の伝わり方そのものは熱の伝わり方の科学が扱っています。
食品安全委員会も「ジッパー付き袋を使用する場合は、製品の耐熱温度や注意事項をしっかり読んで、使用に適したものかどうか確認しましょう」と書いていて、袋に求めているのは耐熱性であって、密封による保存性ではありません。
焼き目|香ばしさの工程であって、条件の工程ではない
低温調理の温度帯は、焼き色が付く温度に届かない
メイラード反応が本格化するのは140℃以上です。低温調理の55〜75℃はまったく届かないので、香ばしさが欲しければ袋から出して別に焼きます。
このとき表面の水分を拭く工程が必要です。表面に水が残っているあいだは、水が蒸発するときに熱を奪うため、その部分の温度は100℃までしか上がりません(水分管理と焼き色の関係)。拭かずに焼くと、時間だけかかって色が付かず、そのあいだに中心へ熱が入ります。焼き目そのものの技術は焼き目と炙りの技術にあります。
焼き目は殺菌条件の代わりにならない
牛の塊肉では、表面の処理条件が「肉塊の表面から深さ1cm以上の部分までを60℃で2分間以上」と数値で決まっています。フライパンの焼き目がこの条件を満たしているかどうかは、深さ1cmの温度を測っていない以上、判定できません。この判定は低温調理のローストビーフの温度と時間が根拠とともに扱っているので、ここでは繰り返しません。この記事が引き受けるのは、焼き目をどの順番に置くかだけです。
冷やす前に焼くか、冷やしてから焼くか
すぐ食べるなら、湯から出して拭いて焼く順です。保存するなら、焼く時間も冷却の時間に数えられます。
| 焼く時点 | 中心温度がどう動くか | 冷却の時間への影響 | 向いている場面 |
|---|---|---|---|
| 湯から出してすぐ | 表面から入った熱が余熱として中心へ移動し、中心温度が上がる | 焼いた分だけ冷却の開始が遅れる | すぐ食べるとき。切り分けて温かいまま出す料理 |
| 急冷してから | 冷えた中心が表面から入る熱を吸うので、中心温度が上がりにくい | 冷却は先に完了しているので影響しない | 保存してから食べるとき。断面の色を均一に保ちたい料理 |
冷えた状態から焼くほうが中心温度を動かさずに済むのは、余熱調理と同じ理屈です。熱は温度の高いほうから低いほうへ流れるので、中心が冷たいほど表面から入った熱がそちらへ引かれ、表面の温度が上がりやすくなります。ただし冷蔵庫から出した直後は表面が濡れているので、拭く工程がもう一度必要になります。
急冷|日本の公表条件は3つあり、数値も数え方も違う
3つの公表条件
「氷水で急冷する」とだけ書かれた解説が多いのは、根拠にする文書が1つに決まらないからです。日本には、性格の違う公表条件が3つあります。
| 出典 | 冷却の条件(原文の要旨) | 対象 |
|---|---|---|
| 厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」4.(3)① | 30分以内に中心温度を20℃付近(又は60分以内に中心温度を10℃付近)まで下げるよう工夫すること | 同一メニューを1回300食以上又は1日750食以上提供する調理施設 |
| 公益社団法人日本食品衛生協会「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書(小規模な一般飲食店事業者向け)」第3グループ | 速やかに冷却(例:2時間以内に20℃以下)ができなかった場合は、提供しない | 小規模な一般飲食店 |
| 厚生労働省「食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)」特定加熱食肉製品の製造基準 | 製品の中心部の温度が25℃以上55℃未満の状態の時間を200分以内としなければならない | ローストビーフ等の特定加熱食肉製品の製造者 |
出典:各文書の原文(マニュアルは最終改正 平成29年6月16日、手引書は令和6年1月改訂、告示は第370号)。いずれも中心温度の値で、庫内や湯の温度ではありません。告示の条項は製造者が守る製造基準であり、家庭の調理を縛る規定ではありません。
なぜ数値が違うのか
3つの数値は食い違って見えますが、矛盾ではありません。対象が違うので厳しさが違うだけです。手引書自身が、参考欄でその関係を書いています。
米国 FDA では 2 時間以内に 21℃以下に、さらに 4 時間以内に 5℃以下に冷却することとされています。また、国内の給食施設を対象とした「大量調理施設衛生管理マニュアル」では、より厳しく 30 分以内に 20℃以下に、1 時間以内に 10℃以下に冷却するよう工夫することとされています。
家庭がどれに当たるかは、どの文書にも書かれていません。ただし、厳しい側(30分以内に中心20℃付近)を採れば、どの条件にも収まります。
数え方は2種類ある
数値だけでなく、何を測るかも2通りあります。
| 数え方 | 具体例 | 判定に必要なもの |
|---|---|---|
| 到達までの時間に上限を置く | 30分以内に中心20℃付近/2時間以内に20℃以下 | 中心温度計と時計。1回測れば判定できる |
| 帯の滞在時間に上限を置く | 中心部が25℃以上55℃未満の状態を200分以内 | 中心温度の履歴。連続して記録する必要がある |
家庭で判定できるのは、到達までの時間を見るほうです。滞在時間を見るほうは、温度の変化をずっと記録していないと判定できません。この条項が低温調理そのものに掛かっていることは低温調理のローストビーフの温度と時間が示しています。
「低温調理」を名指しした唯一の公表条件
HACCPの手引書には、加熱後に冷却するメニューの例として 「サラダチキン(低温調理)」 が載っています。日本の公表文書で、低温調理という語を名指しして加熱後の手順まで書いているのは、確認できた範囲ではここだけです。
| 項目 | 手引書の記載(原文) |
|---|---|
| チェック方法(例) | 中心温度計と時計で、中心部の温度が63℃に達してから30分間経過したことを確認する/その後、速やかに冷却、冷蔵庫より取り出したらすぐに提供する |
| 問題があったとき(例) | 加熱に問題があった場合は、加熱を延長する又は提供しない/速やかに冷却(例:2時間以内に20℃以下)ができなかった場合は、提供しない |
出典:公益社団法人日本食品衛生協会「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書(小規模な一般飲食店事業者向け)」令和6年1月改訂、第3グループ(加熱後冷却し、冷たいまま提供)の記載例。同手引書の概要版は厚生労働省のサイトでも配布されています。
加熱と冷却が1つのチェック項目として並んでいるのが、この記載の要点です。63℃30分を確認したら終わりではなく、その直後の冷却までが同じ管理の対象になっています。
冷却の時間は、いつから数え始めるのか
冷却の時間の起点は加熱の終了、つまり湯から出した時点です。中心が設定温度に届いた時点ではありません。
低温調理では、この前に時間の計測が2回終わっています。中心が設定温度に届くまでの到達時間と、届いてからの維持時間です(数え方は低温調理とはにあります)。冷却の計測は、その2つが終わってから3つ目として始まります。加熱の30分と冷却の30分は、別々に数えるものです。
何を使って冷やすか
| 手段 | 何が起きるか | 注意点 |
|---|---|---|
| 氷水に沈める(袋のまま) | 氷が溶けているあいだ水温が0℃付近に留まるので、冷水だけより食材との温度差が大きい | 袋が浮くと沈んでいる部分しか冷えない。重しで沈める |
| 流水に当てる | 温まった水が流れ去るので、ためた水より速い | 水温は水道水の温度までしか下がらない |
| 冷蔵庫に入れる | 庫内の空気は水より熱を伝えにくいので、いちばん遅い | 熱いまま入れると庫内の他の食品の温度が上がる |
袋を開けないまま冷やすのが低温調理の利点です。開けると二次汚染の経路ができるので、小分けして冷えやすくする方法は取りにくくなります。代わりに、袋の中で食材を平たく広げて厚みを減らすと、中心までの距離が縮んで速く冷えます。
「氷水で10分」のような時間の目安は、この記事では採りません。判定する相手は時計ではなく中心温度で、どの公表条件を採るかを決めれば、必要な時間は食材の厚みごとに変わるからです。
保存と再加熱|保存には公表基準があり、再加熱には無い
保存温度は、水分活性で4℃と10℃に分かれる
保存温度には、告示に書かれた基準があります。ローストビーフのように中心部を低温で加熱したものは特定加熱食肉製品に分類され、次のように定められています。
| 対象 | 保存温度の基準(原文の要旨) |
|---|---|
| 特定加熱食肉製品(ローストビーフ等) | 水分活性が0.95以上のものにあっては、4℃以下で、水分活性が0.95未満のものにあっては、10℃以下で保存しなければならない |
| 加熱食肉製品 | 10℃以下で保存しなければならない。ただし、気密性のある容器包装に充てんした後、製品の中心部の温度を120℃で4分間加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法により殺菌したものにあっては、この限りでない |
| 冷凍食肉製品 | マイナス15℃以下で保存しなければならない |
| 調理後直ちに提供されない食品 | 10℃以下又は65℃以上で管理することが必要である |
出典:食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)食肉製品の保存基準(上の3つ)、厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」4.(3)(いちばん下)。水分活性(Aw)は食品中の自由に動ける水の割合で、乾燥や塩蔵で下がります。いずれも製造者・大量調理施設に向けた基準です。
乾燥も塩蔵もしていない低温調理のかたまり肉は、水分活性0.95以上の側に当たります。つまり基準どおりに扱うなら10℃以下ではなく4℃以下です。家庭の冷蔵庫の庫内温度は設定と置く場所で変わるので、4℃以下を満たしているかどうかは、庫内に温度計を置いて確かめるしかありません。
加熱食肉製品の条件にある「120℃で4分間」は、真空パックの節に出てきた数値と同じです。袋に密封しただけでは常温にできないという一点で、どの条文も同じことを言っています。
保存日数には公表条件が見つからない
一方で、日数の側には公表条件が見つかりませんでした。告示もマニュアルも手引書も、書いているのは温度だけです。マニュアルが日数に近いことを書いているのは「調理後の食品は、調理終了後から2時間以内に喫食することが望ましい」の一行だけで、これは日ではなく時間の話です。
解説記事が並べる「冷蔵3日」「冷凍1か月」に出典が付いていないのは、出典になる文書が無いからです。この記事でも日数は断定しません。決められるのは温度と、20〜50℃にいた時間の2つだけです。
日数を短く切るべきだという判断そのものは変わりません(理由は危険温度帯は何℃かにあります。10℃以下でも増える菌がいるので、冷蔵は増える速さを落とすだけです)。公表条件が無いのは、何日までなら安全と言い切れる根拠が、どの文書にも書かれていないという意味です。
再加熱の温度は、日本の公表文書に書かれていない
再加熱も同じ構造です。大量調理施設衛生管理マニュアルには、「再加熱」という語が1回も出てきません(「加熱」は60回出てきます)。HACCPの手引書には再加熱の欄がありますが、そこに書かれているのは「料理により必要な加熱を行う」で、加熱の欄と一字一句同じです。本文の説明も「再加熱の場合であっても、中心部まで十分に加熱します」で止まっていて、専用の温度がありません。
つまり日本の公表文書は、再加熱に別の基準を置かず、加熱と同じ条件をもう一度満たす操作として扱っています。
だから再加熱は、加熱条件の表に戻って決める
専用の温度が無いなら、戻る先は加熱条件の表です。63℃で30分、65℃で15分、66℃で11分、70℃で3分、75℃で1分(いずれも中心温度に達してからの維持時間。一覧は低温調理とはにあります)。
低温調理で作った食感を残したいなら、一次加熱と同じ設定に戻すのが無理のない選び方です。同じ湯温に戻せば同じ条件を満たせるうえ、アクチンが変性する66℃を超えないので、水分が押し出されることもありません(温度と食感の関係は低温調理で肉がしっとりする原理にあります)。ただし到達時間はもう一度かかります。冷蔵庫の温度から始めるので、1回目と同じだけ時間を見込む必要があります。
そして、再加熱は冷却の失敗を埋め合わせる操作ではありません。手引書はウエルシュ菌についてこう書いています。
ウエルシュ菌は、広く自然界に分布し、熱に強い芽胞を形成し、通常の加熱調理では死滅しません。その後の冷却が緩慢になると急速に増殖します。
芽胞は加熱で残るので、冷却がうまくいかずに増えてしまった後では、もう一度加熱しても間に合いません。再加熱で取り返せるものは無いという前提で、冷却の側を組む必要があります。
前提|この手順が成り立つ条件
- この記事の手順は、加熱条件を満たし終えた状態を保つためのものです。 足りない加熱を、冷やし方や保存で補うことはできません
- 中心温度を測れること。 冷却の判定も加熱と同じく中心温度で行います
- 冷蔵庫の庫内温度を測れること。 4℃以下か10℃以下かは、庫内温度を知らないと判定できません
- 袋を開けずに冷やせること。 開けるなら、そこから先は普通の調理済み食品と同じ扱いになります
- 2時間以内に食べないなら、速やかに冷やして低温で保つこと。 常温で放置しないことが、容器包装詰低酸性食品への対策そのものです
- 高齢者・小児・妊婦・免疫が落ちている人に出すものは、日をまたいで保存しないこと
低温調理の4つの問いの中での、この記事の立ち位置
兄弟との違い|この記事だけが湯の外を扱う
低温調理でつまずく場所は、原理・安全・食材別・仕上げの4つに分かれます。この記事が答えるのは、そのうち仕上げと保存の一問だけです。
| 問い | 答える記事 | 決まること | この記事との違い |
|---|---|---|---|
| なぜ低温で加熱するのか(原理) | 低温調理で肉がしっとりする原理 | 何℃を狙うと食感がどちらへ振れるか | あちらは加熱中の原理。この記事は加熱の前後の操作 |
| その条件でなぜ安全と言えるのか(安全) | 低温調理の安全条件 | 何℃で何分保てば食べてよいか | あちらは条件そのもの。この記事は満たした条件を壊さない手順 |
| この食材なら何度で何分か(食材別) | 低温調理の食材別の温度と時間 | 設定温度・時間・厚みの組み合わせ | あちらは食材ごとの設定。この記事は食材を問わない手順 |
| 湯から出した後に何をするか(仕上げと保存) | この記事 | 真空パック・焼き目・急冷・保存と再加熱の手順 | ― |
判断がどう変わるか
兄弟3本はいずれも湯の中で起きることを扱います。原理は加熱中のタンパク質、安全条件は満たすべき条件そのもの、食材別はその条件を食材ごとの設定値に落とす記事です。この記事だけが、条件を満たし終えた後の操作を扱います。
だから食材を問いません。牛でも鶏でも卵でも、冷やし方と保つ温度の枠組みは同じです。変わるのは厚みによる冷却の速さだけで、判断の組み立ては変わりません。
代わりに、湯の中には無かった相手が入ってきます。冷蔵庫の庫内温度と、食べるまでの時間です。同じ63℃30分を満たした鶏むね肉でも、今日食べるものと明日食べるものでは、湯から出した後にやることが違います。今日なら拭いて焼いて切るだけですが、明日なら先に冷やし、4℃以下で保ち、食べる前にもう一度加熱条件を満たす必要があります。
設定温度を知りたいだけなら低温調理の食材別の温度と時間へ、条件の根拠を知りたいなら低温調理の安全条件へ進んでください。実際の1品で通しの流れを見たい場合は鶏胸肉のハムが具体例になります。
この記事が答えていないこと
| 問い | 答えがある記事 |
|---|---|
| 菌ごとの発育温度域と、帯を抜ける時間の根拠 | 危険温度帯は何℃か |
| 温度と時間がなぜ交換できるのか | 75℃1分と63℃30分が同等な理由 |
| 表面の処理条件(深さ1cmを60℃で2分) | 低温調理のローストビーフの温度と時間 |
| 焼き目そのものの技術 | 焼き目と炙りの技術 |
| 冷凍と解凍で食材に何が起きるか | 冷凍・解凍の科学 |
| 冷ますと味がしみるのはなぜか | 冷ますと味がしみる仕組み |
まとめ
低温調理は、湯から出した時点では終わっていません。満たした条件を壊すものは2つだけで、湯から出した後の操作は、すべてこの2つをどう動かすかで決まります。
- 真空パックが除くのは酸素だけです。 ボツリヌス菌の増殖を止める条件は3℃未満・水分活性0.94未満・pH4.6未満の3つで、酸素はそこに入っていません。袋に入れた時点で保存性が上がるわけではなく、真空にする理由は湯から食材へ熱が伝わる経路を作ることです
- 冷却の公表条件は3つあり、対象が違うので数値も数え方も違います。 厳しい側(30分以内に中心20℃付近)を採れば、どれにも収まります。焼き目を付けるなら、その時間も冷却の時間に数えます
- 保存温度には告示の基準がありますが、保存日数と再加熱温度には公表条件がありません。 乾燥も塩蔵もしていないかたまり肉は4℃以下、再加熱は加熱条件の表(63℃30分から75℃1分)に戻って決めます
このうち動かせないのは、冷やし始めるまでの時間です。温度は選べますが、20〜50℃にいた時間を後から短くすることはできません。
よくある失敗と対策
袋が浮く回復できる
- なぜ
- 袋に残った空気が湯より軽く、浮いた面は水に触れないので熱がほとんど伝わりません
- どうする
- 皿や金網で押さえて沈め、その時点から到達時間を数え直します
- 次から
- 水圧置換で空気を抜くか、袋の口を鍋の縁に留めて閉じます
焼き色がつかない回復できる
- なぜ
- 表面に水分が残ると気化熱で温度が100℃で頭打ちになり、メイラード反応の140℃に届きません
- どうする
- 紙で表面を押さえて水分を取り、鍋を十分に熱してから短時間で焼きます
- 次から
- 袋から出したら拭く工程を1つ挟み、冷蔵庫から出した直後にも拭きます
火を入れすぎた諦める
- なぜ
- 焼き目から入った熱が余熱として中心へ移動し、アクチンの変性温度66℃を超えました
- どうする
- 抜けた水分は戻りません。切り分けて別の料理に回します
- 次から
- 急冷してから焼き、中心が冷たいうちに表面だけを短時間で処理します
カビ・傷みが出た諦める
- なぜ
- 冷却が緩慢で、加熱では死なないウエルシュ菌の芽胞が20〜50℃の帯で発芽・増殖しました
- どうする
- 食べずに廃棄します。再加熱しても産生された毒素は処理できません
- 次から
- 加熱終了から30分以内に中心20℃付近まで落とし、庫内温度を測ります
参考文献
- 厚生労働省「真空パック詰食品(容器包装詰低酸性食品)のボツリヌス食中毒対策」
- 内閣府 食品安全委員会 ファクトシート「ボツリヌス症」(令和3年3月30日最終更新)
- 厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」(平成9年3月24日付け衛食第85号別添/最終改正 平成29年6月16日付け生食発0616第1号)
- 公益社団法人日本食品衛生協会「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書(小規模な一般飲食店事業者向け)」令和6年1月改訂
- 厚生労働省「食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)」食肉製品の製造基準・保存基準
- 内閣府 食品安全委員会「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」