この記事でわかること
- レバーの安全の下限は中心63℃30分(または75℃1分)であること
- 内臓は危険が内部にあり、牛の塊肉の「表面を焼けば」が使えない理由
- 牛レバー・豚の内臓が生食禁止になったのは内部汚染が決め手だったこと
- 鶏レバーのカンピロバクターは肝臓の内部にいる(内部90%陽性)こと
レバーの低温調理を調べると、鶏レバーなら55℃・58℃・60℃、豚レバーは60℃で2時間、仕上げは75℃と、解説ごとに違う温度が並びます。多くは「フォアグラのような口溶け」を狙って、できるだけ低い温度を勧めています。けれども、そのほとんどが内臓を筋肉と同じように扱っています。ここが分かれ目です。
先に答えを書きます。レバーを安全に食べるための下限は、中心部を63℃で30分間以上、または75℃で1分間以上です。 これは湯の温度ではなく、レバーの中心がその温度に達してから数える維持時間です。牛レバーと豚の内臓については、この値が日本の規格基準として公表されています。
そして、この記事のもうひとつの主題はここからです。内臓は、危険が表面ではなく内部にあります。 だから、牛の塊肉で使えた「菌は表面にいるから、表面を処理すれば中心は食感で選べる」という考え方が、レバーには最初から使えません。この記事が扱うのは、低温調理の食材別の温度と時間のうち、内臓(主にレバー)の節点です。
レバーの低温調理は、牛の塊肉の考え方が通じない
答え|中心63℃30分、またはこれと同等(75℃1分)
牛レバーと豚の内臓について、日本には加熱条件が公表されています。中心部を63℃で30分間以上、またはこれと同等以上の方法で加熱殺菌することが、規格基準で定められています。
| 内臓 | 日本で加熱が要る根拠 | 加熱条件(中心温度) | 生食の可否 |
|---|---|---|---|
| 牛レバー | 食品衛生法に基づく規格基準(平成24年7月1日施行) | 63℃で30分間以上、または75℃で1分間以上 | 生食用の販売・提供は禁止 |
| 豚の内臓(レバー等) | 豚の食肉の規格基準(平成27年6月12日施行) | 63℃で30分間以上、またはこれと同等以上 | 生食用の販売・提供は禁止 |
| 鶏レバー | 条文の加熱基準は無い。カンピロバクター対策の指針・リスク評価で加熱を求める | 中心75℃で1分間以上(英国FSAは60℃45分等も可とする。後述) | 条文の禁止は無いが、生食は食中毒事例が多い |
出典:牛レバー・豚の内臓は厚生労働省の規格基準(千葉県・神奈川県の公的ページで確認)。同等条件(63℃30分/65℃15分/66℃11分/70℃3分/75℃1分)は厚生労働省「食肉の加熱条件に関するQ&A」。鶏レバーの加熱条件は後述します。この表の数値はすべて湯温ではなく中心温度です。
「同等以上」とは、温度を上げれば時間を短くできるという意味です。63℃30分も75℃1分も、同じだけ菌を減らします。温度と時間が交換できる理屈は75℃1分と63℃30分が同等な理由にあります。
なぜ「表面を焼けば中が生でもいい」が効かないのか
低温調理のローストビーフの温度と時間では、牛の塊肉の条件が中心と表面の2本に分かれていました。菌が主に表面の層にいるので、表面を処理すれば、中心は55〜60℃の好きな食感で選べたのです。
内臓では、この2本立てが成り立ちません。 危険が表面ではなく内部にあるからです。表面をいくら強く焼いても、内部に菌やウイルスがいれば、中心が生のままでは処理できていません。つまり、表面の側で条件を引き受けて中心を自由にする、という交換ができません。
だからレバーは、中心まで加熱する1本立てに戻ります。ここは鶏むね肉や豚の筋肉と同じ形に見えますが、成り立ちが違います。筋肉は、もともと無菌に近い組織の表面が、解体の過程で後から汚染されたものでした。内臓の汚染は、生きているあいだに組織の内部まで入り込んでいます。この違いが、次の節の主題です。
この記事が扱う内臓の範囲
内臓といっても、レバー(肝臓)・ハツ(心臓)・砂肝(すなぎも)など種類があります。この記事が主に扱うのは、低温調理で最もよく検索され、口溶けを狙われるレバーです。血抜きなどの下処理の手順や、味付けを含む具体的なレシピは、この節点(調理法のうちの温度と時間)の範囲から外れるので、ここでは踏み込みません。扱うのは「内臓を低温で加熱してよいか、何℃で何分か」です。
危険が内部にある——内臓が生食禁止になった経緯
内臓の危険が内部にあることは、理屈ではなく、日本で実際に生食が禁止された経緯が示しています。牛レバーと豚の内臓は、どちらも「内部の汚染を処理できない」ことが決め手で禁止されました。
牛レバー|内部からO157が出て2012年に生食禁止
牛の肝臓は、平成24年(2012年)7月1日から、生食用としての販売・提供が禁止されました。加熱用としてしか扱えません。
きっかけは、牛レバーの内部から腸管出血性大腸菌(O157など)が検出されたことです。従来、菌は食肉の表面にいると考えられていましたが、レバーでは内部から検出された(内部からの検出報告は2011年12月)ため、表面を処理するだけでは対処できないと判断されました。
豚の内臓|HEVと寄生虫で2015年に生食禁止
豚は、平成27年(2015年)6月12日から、食肉(内臓を含む)の生食用の販売・提供が禁止されました。理由は、E型肝炎ウイルス(HEV)・サルモネラ属菌・カンピロバクター・寄生虫(トキソプラズマ、条虫)です。
このうちHEVと寄生虫は内部汚染で、内部まで加熱する以外にリスクを下げる方法がありません。豚の筋肉の下限を63℃30分で止めているのが、最も加熱抵抗性が高いHEVであることは低温調理の豚肉の温度と時間で扱いました。内臓も同じHEVを相手にします。
筋肉の塊なら残っていた「表面殺菌」の道が、内臓には無い
牛の塊肉には、生で食べる道が条件つきで残っています。生食用食肉の規格基準は「肉塊の表面から深さ1cm以上の部分までを60℃で2分間以上」という表面殺菌の条件を定めていて、これを満たせばユッケやタルタルとして提供できます。
レバーには、この表面殺菌の道がありません。 菌が表面の層ではなく内部にいるので、表面を60℃2分で処理しても、内部のO157は残ります。同じ牛でも、塊肉には残った道が、レバーには最初から無いのです。これが「内臓は内部に危険がある」ということの、制度上の帰結です。
鶏レバーのカンピロバクターは、肝臓の中にいる
鶏レバーには、条文としての加熱基準がありません。けれども、低温調理で最も狙われるのが鶏レバーで、相手はカンピロバクターです。この菌がレバーのどこにいるかが、温度の決め方を左右します。
内部90%陽性という実測と、胆管を介した汚染経路
内閣府 食品安全委員会のリスクプロファイル(鶏肉等におけるカンピロバクター、2021年6月改訂版)は、鶏の肝臓の汚染について、表面に限定されず内部からも検出されると整理しています。汚染経路は、肝臓と胆嚢(たんのう)のあいだの胆管を介する経路との関連が示唆されていて、カンピロバクターは健康な鶏の胆管内に存在し、食鳥処理の前から肝臓内にいるとされています。
同プロファイルが引く実測が、問題の大きさを示します。
| 調査(鶏レバー) | 表面の陽性率 | 内部の陽性率 |
|---|---|---|
| ニュージーランドの市販生鮮鶏レバー30検体 | 100% | 90% |
| 英国小売の家きん肝臓(全体) | 69%が陽性 | (内外の別は示されていない) |
出典:内閣府 食品安全委員会「食品健康影響評価のためのリスクプロファイル 〜鶏肉等における Campylobacter jejuni/coli〜(改訂版)」2021年6月。同報告は、このニュージーランドの調査で、フライパンでの加熱調理は5分間までは完全には不活化されなかったとも記しています。内部の90%が陽性という値は、表面を炙るだけでは足りないことを意味します。
加熱条件|英国FSAの60℃45分・65℃10分・70℃2分・75℃以上
鶏レバーの加熱条件は、英国の食品基準庁(FSA)が具体的な値を示しています。
| 中心温度 | 必要な維持時間 |
|---|---|
| 60℃ | 45分間 |
| 65℃ | 10分間 |
| 70℃ | 2分間 |
| 75℃以上 | 死滅(維持時間の指定なし) |
出典:英国FSAの基準として、前掲の食品安全委員会リスクプロファイルが引用。これは英国の基準であり、日本の公表値ではありません。 日本の鶏レバーには条文の加熱基準が無く、カンピロバクター対策は指針やリスク評価の形で示されています。相手がカンピロバクターに限られる前提の値である点にも注意が必要です。サルモネラ属菌まで含めて考えると、日本で広く案内される目安は中心75℃で1分間以上に寄ります。
この表は、温度が上がるほど時間が急に縮むことを示しています。カンピロバクターのD値(菌数を10分の1に減らす時間。加熱調理鶏肉で55℃なら2.12〜2.25分、57℃なら0.79〜0.98分)が、低温側で大きくなるためです。低い温度を選ぶほど、長く維持しなければなりません。
中心60℃のレバーパテで起きた食中毒
この条件が机上の話でないことを、実際の事例が示しています。英国東部で2011年9月、結婚パーティーの出席者49名のうち22名の便からカンピロバクターが検出された食中毒がありました。原因は、軽く焼いて中心がピンクのままの鶏レバーパテで、記録から中心部の加熱温度は60℃だったと示唆されています。しかも、レバーの喫食量が多い人ほど症状が強いという、用量に依存した関係が認められました。
中心60℃は、FSAの表では「45分間の維持」が要る温度です。パテのように軽く焼いただけでは、その維持時間に届きません。中心がピンクのままのレバーは、口溶けが良いのではなく、条件を満たしていない状態です。
「フォアグラ級の口溶け」と安全の下限はぶつかる
レバーを低温調理する動機の多くは、あの口溶けです。けれども、口溶けを狙って温度を下げる方向と、安全の下限とが、レバーでは正面からぶつかります。
牛の塊肉にはあった「食感の窓」が、内臓には無い
牛の塊肉では、安全の下端(55℃)と、水分が抜けはじめるアクチンの変性(66℃)のあいだに、食感を選べる窓がありました。55〜60℃のどこを選んでも安全で、好みの赤みにできたのです。
レバーには、この窓がありません。安全の下限(63℃30分、または鶏レバーなら60℃45分)が、口溶けを狙いたい温度帯にそのまま重なっているからです。下げる余地が、構造的に残されていません。
牛・豚レバーは63℃を割れない
牛レバーと豚レバーは、生食用の販売・提供が禁止された内臓です。公的に示された加熱条件は中心63℃30分、またはこれと同等以上で、それより低い温度に対応する時間は公表されていません。
解説サイトが「60℃2時間」などの設定を載せていることがありますが、これは公表条件を自分で計算し直した値で、公的な裏付けはありません。このサイトでは、公表された6条件(63℃30分/65℃15分/66℃11分/70℃3分/75℃1分)の外の温度について、自分で時間を計算して載せることはしません。理由は75℃1分と63℃30分が同等な理由にあります。D値やZ値は理解のための道具であって、新しい条件を作る道具ではないからです。
鶏レバーだけ60℃台に根拠があるが、英国の基準である
例外は鶏レバーです。英国FSAが60℃45分・65℃10分という維持条件を示しているので、低温調理器で中心を60℃に保ち、45分間維持すれば、カンピロバクターについては条件を満たしえます。鶏レバーだけが、60℃台に具体的な根拠を持っています。
ただし、これは英国の基準で、日本の公表値ではありません。また相手をカンピロバクターに絞った条件です。加熱で処理できない耐熱性のハザードもあるので、何が加熱の外にあるかは低温調理で加熱しても処理できないもので確かめてください。口溶けを狙うにしても、下限を割る方向には根拠がありません。過加熱でザラつくのを避けたいなら、下限を満たしたうえで維持時間を最短に保つのが筋です。
うまくいかせる条件
ここまでの温度と時間は、次の条件が揃っている場合の値です。1つでも外れると、数値はそのまま使えません。
| 条件 | なぜ必要か | 外すとどうなるか |
|---|---|---|
| 湯温を一定に保てる機器を使う | 低温調理器のように設定温度を保持できないと、中心温度の上がり方が読めない | 鍋とコンロでは湯温が上下し、維持時間を数える起点が定まらない |
| 中心温度計で到達を確認する | レバーは危険が内部にあり、表面の火の通りでは判断できない | 中心が設定温度に達する前に数え始め、維持時間が足りなくなる |
| 加熱用のレバーを使う | 生食用のレバーは存在しない(牛・豚は生食禁止) | 生食できる前提で扱うと、下限を割る温度を選んでしまう |
| 冷蔵で管理されたものを使い、血抜きをしておく | 常温で置くと加熱前に菌が増える温度帯を通る。血は低温では匂いが残りやすい | 加熱後に血の匂いが残り、香ばしさで覆い隠せない |
薄く小さいレバーは、筋肉の塊より中心への到達が速いという利点があります。ただし、内臓の到達時間の実測値は食品安全委員会の資料にも公表されていないので、到達は時間ではなく中心温度計で確かめます。
食材別の中でのこの記事の立ち位置
兄弟との違い|危険が内部にあるのは内臓だけ
低温調理の食材別の記事は、温度を縛っているものが何かで分かれています。この記事が引き受けているのは、内臓(主にレバー)の部分です。
| 食材 | 温度を縛っているもの | 危険・制約がどこにあるか | 内臓との違い |
|---|---|---|---|
| 内臓/レバー(この記事) | 安全。中心63℃30分が下限で、口溶けの窓が無い | 組織の内部(生体内から) | — |
| 牛のかたまり | 安全(表面)と食感 | 主に表面の層。表面殺菌の道がある | 内臓は表面処理が効かず、牛だけが持つ食感の窓も無い |
| 豚 | 安全。HEVが63℃30分の下限を決める | 筋肉の内部まで(HEV・寄生虫) | 内臓は臓器で、同じHEVでも汚染が内在的。豚は筋肉 |
| 鶏むね肉 | 安全。厚みからの到達時間が主題 | 筋肉 | 内臓は薄く到達が速いが、肝臓内部にカンピロバクターがいる |
| 魚の切り身 | 食感 | 寄生虫は加熱でなく冷凍で処理 | 内臓は安全が温度を縛る。魚は食感が縛る |
| 卵 | 白身と黄身の凝固温度の差 | 殻付きなら表面 | 内臓は汚染の位置の問題。卵は凝固温度の設計 |
内臓だけが、危険を組織の内部に持ちます。 牛の塊肉の表面処理も、魚の食感優先の低温も使えません。筋肉(鶏・豚)と同じ1本立てに見えて、汚染が生きているあいだに内部まで入り込んでいる点が違います。食材ごとの決め方の枠組みは低温調理の食材別の温度と時間にまとまっています。
この記事が答えていないこと
この記事が答えていないことも書いておきます。なぜ温度と時間が交換できるのかは75℃1分と63℃30分が同等な理由の担当です。加熱しても処理できないハザード(耐熱性の芽胞(がほう)・できてしまった毒素)は低温調理で加熱しても処理できないものが扱います。なぜ低温で加熱するとしっとりするのかという食感の原理は低温調理で肉がしっとりする原理にあります。
まとめ
レバーの低温調理は、次の3点で決まります。
- 安全の下限は中心63℃30分(または75℃1分など同等)です。 内臓は危険が内部にあるので、牛の塊肉の「表面を処理すれば中心は食感で選べる」が使えません。中心まで条件を満たす1本立てに戻ります
- 牛レバー(2012年)・豚の内臓(2015年)は、内部汚染を理由に生食が禁止されました。 63℃を割る温度に公的な根拠はありません。鶏レバーのカンピロバクターは胆管を通って肝臓の内部にいて、ニュージーランドの調査では内部の90%が陽性でした
- 「フォアグラ級の口溶け」を狙う60℃前後は、安全の下限とぶつかります。 牛の塊肉にあった食感の窓は内臓には無く、鶏レバーの60℃45分(英国FSA)が唯一の例外的な根拠にとどまります
手元のレバーでやることは、中心温度計で到達を確認し、下限を満たしたうえで維持時間を最短に保つことです。低い温度を攻めて口溶けを稼ぐのではなく、締まりすぎないぎりぎりで下限を満たす——内臓では、これが温度の決め方になります。
よくある失敗と対策
中が生だった諦める
- なぜ
- 中心部への熱伝導の遅れです。湯温と中心温度は別物で、中心が設定温度に達する前に数え始めると維持時間が足りません
- どうする
- 中心温度計で到達を確認し、63℃なら到達後30分を数え直します
- 次から
- 総加熱時間ではなく「到達時間+維持時間」で計画し、到達を確認してから数えます
ザラつく・ボソボソする諦める
- なぜ
- 加熱しすぎでタンパク質が強く締まり、水分と脂を押し出しています。ザラついた口当たりになります
- どうする
- 締まりは戻りません。次回は63℃30分ちょうどを狙い、維持を延ばしすぎません
- 次から
- 口溶けを狙って下限を割らず、下限を満たしたうえで維持時間を最短に保ちます。温度を上げるほど締まります
臭みが残った回復できる
- なぜ
- 血抜きが不十分なまま加熱すると、低温では血の匂いが残りやすくなります。高温調理と違って香ばしさで覆い隠せません
- どうする
- 加熱後の匂いは抜けにくいので、次回は加熱前に流水や牛乳で血抜きをしてから袋詰めします
- 次から
- 下処理で血の塊と筋を除き、低温調理の前に匂いの元を減らしておきます