この記事でわかること
- 豚の63℃30分が調理の目安ではなく規格基準の条文であること
- その下限を決めているのが寄生虫ではなくE型肝炎ウイルスであること
- 63℃30分が「確実に不活化」ではなく「リスクが一定程度減少する」条件であること
- 解説サイトの62℃50分・61℃80分が公表条件ではなく計算値であること
豚肉を低温調理するときの温度を調べると、63℃という数字と、60℃や61℃という数字が並んで出てきます。時間も30分から2時間まで幅があります。どれに従えばいいのでしょうか。
この記事の答えは、中心部の温度を63℃で30分間以上、またはこれと同等以上です。ただしこの値は、誰かが実験して勧めている目安ではありません。食品衛生法に基づく規格基準の条文にそのまま書かれている数値です。食肉そのものに対して中心部の加熱条件が条文で定められているのは、豚だけです。
そしてこの記事が扱いたいのは、その先です。なぜ豚は63℃で止まっているのか。 「豚は寄生虫がいるから」という説明が広く流通していますが、一次情報を読むと話が逆になります。寄生虫は63℃より低い温度で死にます。下限を63℃に押し上げているのは、別のものです。
豚の低温調理は「中心63℃で30分」から始まる
答え|中心部の温度を63℃で30分間以上、またはこれと同等以上
厚生労働省「豚の食肉の基準に関するQ&A」は、豚の食肉の基準の内容をこう書いています。
豚の食肉を、調理等を行い直接消費者に販売する場合は、豚の食肉の中心部の温度を 63℃で30 分間以上加熱するか、これと同等以上の殺菌効果がある方法で加熱殺菌しなければならないこと。
出典:厚生労働省「豚の食肉の基準に関するQ&Aについて」(食安基発0602第3号・平成27年6月2日)Q2(A)③。この基準は平成27年6月12日から適用され、同じ改正で豚の食肉(内臓を含む)を生食用として販売・提供することが禁止されました。
低温調理の設定を決めるときに使える公表値は、これが出発点になります。「推奨」でも「目安」でもなく、満たさなければならない条件として書かれた数値です。
この30分をどこから数えるか
30分は、鍋に入れてからの30分ではありません。中心部の温度が63℃に達してからの30分です。
食品安全委員会は、この「中心部の温度」を「肉の三か所の温度を測定した中で最も低い最低温度」と定義しています。同じ資料は加熱条件を「63℃加熱なら肉の内部温度が63℃になってから、さらに30分間の加熱を維持する必要があります」と書いています。
だから総加熱時間は「中心が63℃に届くまでの時間」と「届いてからの30分」の和になります。この割り方そのものは低温調理の共通の骨格なので、鶏むね肉の低温調理と低温調理の食材別の温度と時間が扱っています。この記事では、豚に固有の事情——豚は前半の到達時間の実測値が公表されていない——を後半で扱います。
「同等以上」として明示されているのは75℃1分
条文の「これと同等以上」について、同じQ&Aが例を1つ挙げています。
63℃で 30 分間以上加熱するかこれと同等以上の殺菌効果を有する方法とは、加熱温度が高くなれば加熱時間が短くなることから、例えば、75℃1分間以上の加熱でも差し支えありません。
出典:同Q&A Q4(A)1。厚生労働省が公表している同等条件は、次の5組です。
| 中心温度(℃) | 中心温度に達してからの維持時間 | 出典 |
|---|---|---|
| 63 | 30分間 | 豚の食肉の基準(条文本体) |
| 65 | 15分間 | 厚生労働省「食肉の加熱条件に関するQ&A」 |
| 66 | 11分間 | 同上 |
| 70 | 3分間 | 同上 |
| 75 | 1分間 | 豚の食肉の基準Q&A Q4・大量調理施設衛生管理マニュアル |
出典:厚生労働省「豚の食肉の基準に関するQ&Aについて」Q4、厚生労働省「食肉の加熱条件に関するQ&A」。すべて湯の温度ではなく中心温度で、中心温度に達してからの維持時間です。総加熱時間ではありません。なぜこの5組が同じ安全性になるのかは75℃1分と63℃30分が同等な理由が扱っています。
この条文は誰に向けて書かれているか
正確に言うと、この条文の名宛人は家庭の料理人ではありません。「販売者は直接一般消費者に販売することを目的に、豚の食肉を使用して、食品を製造、加工又は調理する場合」に向いています。家庭で自分のために作る料理は、規制の対象ではありません。
それでも家庭の低温調理でこの数値を使う理由は単純です。豚肉の加熱条件について、日本で公表されている数値がこれしかないからです。事業者が満たすよう求められている条件と、家庭で自分に課す条件を、別々に持つ理由がありません。
対象の範囲も確認しておきます。この基準は「食用にする全ての豚の食肉(内臓を含む)」が対象で、ハム・ベーコン・ソーセージなどの食肉製品は別に規格基準があるため対象外です(同Q&A Q3)。手元の豚ロースやヒレは、対象の側に入ります。
下限を決めているのは寄生虫ではなくE型肝炎ウイルス
危害要因は6つある
食品安全委員会は、豚の食肉の生食について食品健康影響評価を行うとき、危害要因を6つに整理しました。E型肝炎ウイルス(HEV)、サルモネラ属菌、カンピロバクター・ジェジュニ/コリ、トキソプラズマ、旋毛虫(トリヒナ)、有鉤条虫です。
このうち3つが寄生虫です。「豚は寄生虫がいるからよく焼く」という言い方は、この3つを指しています。では、その寄生虫は何℃で死ぬのでしょうか。
寄生虫は63℃より下で死ぬ
評価書が整理した死滅条件を並べると、豚の下限を決めているものが見えます。先に断っておくと、次の表の数値は調理の設定には使えません。 個別の研究が「この条件で死んだ」と報告した値であって、加熱条件として公表されているのは前の節の5組だけです。
| 危害要因 | 種別 | 評価書が引用した研究の死滅条件(調理の設定値ではありません) |
|---|---|---|
| 旋毛虫(トリヒナ) | 寄生虫 | 52℃47分間、55℃6分間、60℃で瞬時(感染豚の筋肉をホモジネートし厚さ2mm単位に成形した試料での実験) |
| トキソプラズマ | 寄生虫 | 食肉中のシストは55℃5分間で感染性が消失。別の実験では58℃9.5分間で感染性消失、61℃で瞬時に死滅 |
| 有鉤条虫 | 寄生虫 | 内部温度80℃または60℃で滅菌されるという報告(いずれも維持時間の記載なし)。不活化の最低温度として60℃が必要とするカナダの情報(同じく維持時間の記載なし) |
| サルモネラ属菌 | 細菌 | ほとんどのサルモネラ属菌は60℃15分間の加熱で殺菌される |
| カンピロバクター・ジェジュニ | 細菌 | 大部分の株は50℃またはそれ以上の加熱で不活化。55〜60℃で数分間の調理で死滅するとされる |
| E型肝炎ウイルス(HEV) | ウイルス | 63℃30分間の加熱条件で不活化が確認された知見があるが、知見は限定的 |
出典:内閣府 食品安全委員会 微生物・ウイルス・寄生虫評価書「豚の食肉の生食に係る食品健康影響評価」(2014年12月)Ⅴ.3。この表の値を調理の設定に使わないでください。 いずれも評価書が引用した個別研究の報告値で、試料の形状も維持時間の有無も研究ごとに違います。日本で加熱条件として公表されているのは、前の節の5組(63℃30分間/65℃15分間/66℃11分間/70℃3分間/75℃1分間、いずれも中心温度に達してからの維持時間)だけです。
寄生虫の3つは、どれも60℃前後で処理できる相手です。63℃30分という条件は、寄生虫にとっては過剰なくらいです。細菌の2つも同じ帯に収まっています。
ただしこれは「60℃で足りる」という意味ではありません。6つのうち5つが60℃前後で終わるからこそ、残った1つが条件を決めていることがはっきりします。
残ったのがE型肝炎ウイルス
評価書は、評価の方針を次のように決めています。
なお、一般的に、ウイルスは細菌及び寄生虫に比べ、加熱抵抗性が高いと考えられることから、危害要因のうち、特に HEV に対する加熱条件の妥当性に焦点を置いて評価を行う。
出典:同評価書 Ⅱ.3(3)。そして結論の要約では、HEV を「危害要因の中で最も加熱抵抗性が高い」ものとして扱っています。
ここで、よく聞く説明がひっくり返ります。「昔の豚は寄生虫がいたから完全に火を通していた。いまは飼育の管理がよくなったので63℃まで下げられた」——前半は歴史として語られるとおりですが、後半の理由が違います。寄生虫は飼育の管理を待つまでもなく、もともと60℃前後で死ぬ相手です。そして63℃より下に行けないのは、管理で減らせない相手が別にいるからです。
63℃30分は「確実に不活化」ではなく「リスクが一定程度減少する」条件
ここまでは「63℃30分を満たせばよい」という話でした。ここからは、その条件がどこまで保証しているかの話です。ここを読むと、豚で低温側を攻めてはいけない理由が分かります。
評価書が挙げた根拠は2つ
なぜ63℃30分なのか。評価書は2つの根拠を挙げています。
- 実験の根拠:63℃30分間の加熱条件でHEVの不活化が確認された知見があること
- 疫学の根拠:中心部を63℃30分間またはそれと同等以上の加熱殺菌を行うことが定められている加熱食肉製品において、E型肝炎発症事例は報告されていないこと
2つめは実験ではありません。「その条件で作られてきた製品で、病気が出ていない」という実績です。ハム・ソーセージなどの加熱食肉製品が長年この条件で作られ、E型肝炎の発症報告が無い。その実績を根拠の一部にしています。
そのうえでの結論は、断定ではありませんでした。
豚の食肉の中心部を 63℃ 30 分間又はそれと同等以上の加熱を行うことにより、HEV のリスクは一定程度減少すると考えられた。
出典:同評価書 要約。「不活化される」ではなく「リスクが一定程度減少する」です。
そのうえで付いている3つの留保
評価書は、続けて3つの留保を書いています。
| 留保 | 評価書の記述 | 調理にとっての意味 |
|---|---|---|
| ①知見の少なさ | HEVに係る加熱抵抗性に関する知見が限定的である | 63℃30分の実験的な裏付けが薄い |
| ②条件の揺れ | 調理による加熱温度と食肉の内部温度の関係は、調理方法や食肉の部位、大きさ等により変わってくる | 同じ設定でも部位と大きさで結果が変わる |
| ③結論 | 一律の加熱殺菌条件を示すことは現時点では困難である | 「この温度なら何分」の表を、公的機関が作りきれていない |
出典:同評価書 要約。そして評価書は、留保を踏まえた行動指針をこう結んでいます。
このため、豚の食肉を生で喫食しないこと、現実的なより高い温度で加熱することが重要であるとされた。
一般向けのQ&Aでは「豚の食肉を生で食べないこと、より高いかつ現実的な温度で加熱を行うことが重要」と言い換えられています。加熱条件が公表されているうえに「より高い温度で」まで書き添えられている食材は、低温調理で扱う食材の中では豚だけです (猪肉・鹿肉などのジビエには、同じ評価書が豚と同様の注意を向けています)。
「62℃50分」は公表条件ではなく計算値
検索すると、63℃より低い設定がよく出てきます。62℃なら約50分、61℃なら約80分、60℃なら約2時間。この数値はどこから来たのでしょうか。
出所ははっきりしています。低温調理器メーカーが公開している加熱時間基準表で、その表は根拠の欄に 「表は厚生労働省が推奨している『中心部の温度を63℃で30分間以上加熱するか、これと同等以上』の『同等以上』を算出したものである」 と書いています。つまり公表された条件ではなく、公表条件から計算した値です。
このサイトでは、公表条件の外の温度について自分で時間を計算しません。理由は2つあります。
- 公表条件そのものが1本の曲線に乗っていない。 63℃30分・65℃15分・66℃11分・70℃3分・75℃1分をZ値に逆算すると値が散ります。どこか1点を基準に外挿すると、基準にした点で答えが変わります(詳しくは75℃1分と63℃30分が同等な理由)
- 豚の場合、外挿の対象がE型肝炎ウイルスである。 評価書自身が「HEVに係る加熱抵抗性に関する知見が限定的」と書いている相手について、公表されていない温度の時間を計算で埋めることはできません
計算値が危険だと言っているのではありません。根拠の強さが違うと言っています。63℃30分には条文と疫学の裏付けがありますが、62℃50分にはその裏付けが移りません。
だから豚では同等条件の高い側を選ぶ理由がある
ここまでをまとめると、豚の設定温度の選び方は次のようになります。
| 中心温度(℃)と、到達後の維持時間 | 根拠の強さ | 仕上がり |
|---|---|---|
| 63℃で30分間 | 条文そのもの。豚で選べる最も低い公表条件 | 豚で作れる最もしっとりした仕上がり。ピンクが残ることがある |
| 65℃で15分間 | 公表された同等条件 | 繊維の存在感が出はじめる |
| 66℃で11分間 | 公表された同等条件。アクチンの変性が始まる温度と重なる | ここから急に水分が抜ける側に入る |
| 70℃で3分間 | 公表された同等条件。評価書の「より高い温度で」に沿う | しっかり火が通った食感 |
| 75℃で1分間 | 条文のQ&Aが例示。中心部の色が白っぽく変化する | 従来の「よく焼いた豚」 |
出典:厚生労働省「豚の食肉の基準に関するQ&Aについて」Q4、厚生労働省「食肉の加熱条件に関するQ&A」。温度はすべて中心温度、時間はすべて中心温度に達してからの維持時間です。アクチンの変性温度はタンパク質の変性にあります。
選べる幅は63℃から上だけです。低温調理のローストビーフのように55℃まで下げる選択肢は、豚にはありません。しっとりさせたいなら63℃で30分間が下限で、それより下は選択肢ではなく条件の外側です。
条件を満たしたと確認する手段が、豚には少ない
温度が決まったら、次は「その条件を満たしたとどう確かめるか」です。豚はここが弱点です。
公表された到達時間の実測値に豚は無い
食品安全委員会は、中心温度が63℃に届くまでの時間を実測して公表しています。ただし、その表に豚の行はありません。
| 肉の種類と大きさ | 湯の温度 | 中心が63℃に届くまで(到達時間) |
|---|---|---|
| 鶏ムネ肉 約300g(厚さ約3cm) | 63℃ | 平均68分 |
| 牛モモ肉 約300g(厚さ約3cm) | 63℃ | 約94分 |
| 牛モモ肉 760g(18cm×9cm×厚さ6cm) | 70℃ | 180分 |
| 豚肉 | — | 公表された実測値なし |
出典:内閣府 食品安全委員会「肉を低温で安全においしく調理するコツをお教えします!」。時間はいずれも到達時間のみで、これに中心温度に達してからの維持時間(63℃なら30分間)が加わります。
この表から、同じ300g・厚さ3cmでも鶏68分・牛94分と種類で1.4倍違うことが分かります。豚がこの2つのどちらに近いかは、公表値からは分かりません。 鶏に近いと決めてしまえば、到達前から時間を数える危険が出ます。
やることは2つです。中心温度計で63℃への到達を確認するか、それができないなら実測値のある条件に食材の側を合わせるか。豚の場合、前者を強く勧めます。牛や鶏のように「300g・厚さ3cmならこのくらい」という当たりが付けられないからです。
部位で厚みも熱の入り方も違う
豚は部位によって形が大きく違い、それがそのまま到達時間の読みにくさになります。
| 部位 | 断面の形 | 到達時間を読むときの注意 |
|---|---|---|
| ヒレ | 細長い円筒。端に向かって細くなる | 太さが一定でないため、いちばん太い場所が最後に63℃へ届く。端を切り落として太さを揃える |
| ロース | 厚みのある塊。背脂が片面に付く | 脂の層は熱が伝わりにくく、脂の側から測ると中心を外す。赤身の中心に刺す |
| 肩ロース | 脂が網目状に入る | 脂と赤身が混ざるため断面内で熱の入り方が揃わない。いちばん厚い場所を基準にする |
| バラ | 赤身と脂が層になる | 層の向きで熱の伝わり方が変わる。厚みをそろえて切り分けてから袋に入れる |
部位ごとの火入れの数値そのもの(とんかつの揚げ時間、角煮の煮込み時間など)は豚肉の火入れにあります。この表が扱っているのは、低温調理で中心温度の到達を読むときに厚みをどう見るかだけです。
色は63℃30分の目安にならない
厚生労働省のQ&Aには、色を目安にしてよいという記述があります。ただし、よく読むとどの条件の目安なのかが限定されています。
中心部の温度が 75℃に達してから1分間以上の加熱の目安は、豚の食肉等の中心部の色が白っぽく変化することです。
出典:同Q&A Q4(A)2。これは75℃1分間の目安として書かれています。63℃30分の側に、色の目安は付いていません。
これは書き漏らしではありません。63℃で30分間維持した豚は、中心がピンクのまま仕上がることがあるからです。色を決めるのはミオグロビンで、菌やウイルスを減らすのは温度と時間です。この2つは別々に動きます(肉の色と安全が扱っています)。だから63℃30分では、色は使えません。温度計だけが確認の手段になります。
なお、温度計を持たないときにどうするかという問いには、低温調理は温度計なしで成り立たないが答えています。豚についての結論だけ先に書くと、温度計が無いなら低温調理という手段を選ばないことになります。公表条件のうち色の目安が付いているのは75℃1分間だけで、それは低温調理の温度帯ではないからです。
味付け肉・成形肉は別枠
スーパーで売られている下味付きの豚肉や、形を整えた肉には、別の注意が付きます。
テンダライズ処理(刃を用いてその原形を保ったまま筋及び繊維を短く切断する処理)やタンブリング処理(調味液に浸潤させる処理)した肉、結着・成形肉、挽肉調理品等の病原微生物による汚染が内部に拡大するおそれがある肉については、中心部の色が変化するまで、十分に加熱してください。
出典:同Q&A Q11(A)3。豚はもともと内部汚染を前提にしているので、この処理で条件が大きく変わるわけではありません。ただし表面にいた菌も内部に入るため、63℃30分の下側で粘る余地はいっそう無くなります。この型の肉を低温調理に使うなら、高い側の条件を選ぶのが筋です。
前提|この設定が成り立つ条件
ここまでの設定は、次の条件の上に立っています。
- 加熱用として流通している豚肉であること。 生食用の豚肉は存在しません(平成27年6月12日から販売・提供が禁止されています)
- 中心温度計で到達を確認できること。 豚は到達時間の実測値が公表されておらず、時計では代えられません
- 余熱を数に入れないこと。 食品安全委員会は「余熱を利用するレシピでは、中心温度が上がりきりません。やめた方がよいですね」としています。余熱の使いどころは余熱調理にありますが、加熱条件を満たす手段には使えません
- 加熱していない時間の条件は別にあること。 湯に入れる前と、湯から出した後の扱いは低温調理の安全条件と危険温度帯の担当です
- 高齢者・小児・妊婦等は一層の注意が必要であること。 食品安全委員会が名指しで書いています。HEVは潜伏期間が3〜8週間(平均6週間)と長く、妊婦では劇症化しやすいとされています
食材別の中でのこの記事の立ち位置
兄弟との違い|中心部の条件が条文にあり、生食の道が閉じているのは豚だけ
低温調理の食材別の記事は、温度を縛っているものが何かで分かれています。この記事が引き受けているのは豚の部分だけです。
| 食材 | 温度を縛っているもの | 危険がどこにいるか | 豚との違い |
|---|---|---|---|
| 豚(この記事) | 安全条件です。条文の63℃30分が下限になります | 食肉の内部まで。特にE型肝炎ウイルス | — |
| 牛のかたまり | 食感です。表面を処理すれば中心温度を選べます | 主に表面(腸管出血性大腸菌・サルモネラ属菌) | 牛は55℃まで下げられますが、豚は63℃が底です |
| 鶏むね肉 | 安全条件です。63℃が食感の下限も決めます | 筋肉そのもの(カンピロバクター) | 下限の値は同じですが、相手が違います。鶏は細菌、豚はウイルスです |
| 魚の切り身 | 食感です。結合組織が少なく短時間で足ります | 身の中(寄生虫) | 魚は寄生虫を冷凍で処理できますが、豚の相手はウイルスなので冷凍では代えられません |
| 卵 | 白身と黄身で固まる温度が違うことそのものです | 殻付きなら主に表面 | 卵は固さを設計する問いで、豚は安全が先に決まる問いです |
豚だけが持っているのは、「中心部の条文」と「閉じた生食の道」の組み合わせです。 牛肉にも条文はありますが、それは生食用食肉の規格基準として表面の条件(表面から深さ1cm以上を60℃で2分間以上)を定めたもので、条件を満たせば生食の道が残ります。鶏肉の加熱条件は、指針や評価書の形で示されて条文にはなっていません。豚は、生食用としての販売・提供そのものが禁止されたうえで、中心部を63℃で30分間という数値が同じ改正で条文に書かれました。
仕上がりの違い。 63℃で30分間維持した豚は、繊維がほどける手前で止まります。同じ63℃で仕上げた鶏むね肉と比べると、噛んだときの繊維の束が太く、脂の甘さが後から来ます。牛のローストビーフを55℃で仕上げたときのような、切った断面が濡れて見える状態は、豚では作れません。その状態を作る温度帯が、豚では条件の外側にあるからです。63℃と65℃の2℃の差が、豚で選べる仕上がりの幅のすべてです。
だからどんな料理に使うか。 豚の低温調理が向いているのは、ヒレやロースのように脂の少ない部位を、厚いまま食べたいときです。ローストポーク、冷やして薄く切る前菜、チャーシューの下ごしらえがここに入ります。逆に、バラの角煮のようにコラーゲンをほどいて口の中で崩れる状態を作る料理では、63℃30分は何も起こしません。コラーゲンの分解にはもっと高い温度と桁違いに長い時間が要るので、同じ低温調理器を使うとしても設定が別物になります(その設定は豚肉の火入れにあります)。
温度で好みを作る余地がないぶん、豚では別のところで差をつけます。部位の選択、厚みを揃えて到達時間を読めるようにすること、塩の当て方、そして湯から出した後の焼き目です。温度から設計する牛のかたまりとは、手の入れどころが違います。
この記事が答えていないこと
- なぜ温度と時間が交換できるのかは75℃1分と63℃30分が同等な理由の担当です。この記事はそこで確かめた条件を使う側に回っています
- 加熱以外の安全条件(加熱していないあいだに菌が増えること、条件を満たしたと確認できるか)は低温調理の安全条件の担当です
- 豚肉全般の火入れ(部位別の数値、とんかつ・角煮・ローストポークの作り方)は豚肉の火入れにあります
- なぜ低温だとしっとりするのかは低温調理で肉がしっとりする原理にあります
- 食材ごとの決め方の枠組みは低温調理の食材別の温度と時間にまとまっています
- 安全が温度を縛らない側の食材は低温調理の魚の温度と時間にあります。豚が中心温度で安全を引き受けるのに対し、魚は冷凍と低温管理で先に済ませるので、維持時間そのものがありません
まとめ
豚肉の低温調理は、次の3点で決まります。
- 中心温度63℃に達してから30分間、またはこれと同等以上(65℃15分間/66℃11分間/70℃3分間/75℃1分間)。これは調理の目安ではなく、平成27年6月12日から適用されている規格基準の条文の数値です
- 下限を決めているのは寄生虫ではなくE型肝炎ウイルスです。 旋毛虫は60℃で瞬時、トキソプラズマは食肉中のシストが55℃5分間、有鉤条虫は60℃で処理できます。63℃で止まっているのは、危害要因の中で最も加熱抵抗性が高いウイルスがそこにいるからです
- 63℃30分は「確実に不活化」ではなく「リスクが一定程度減少する」条件です。 食品安全委員会は「一律の加熱殺菌条件を示すことは現時点では困難」としたうえで「より高いかつ現実的な温度で加熱を行うことが重要」と結論しています
手元の豚肉で最初にやることは、中心温度計を刺して63℃への到達を確認することです。豚は到達時間の実測値が公表されておらず、色も63℃30分の目安にはなりません。時計と目では確認できない食材だと分かっていれば、設定は自分で決められます。
よくある失敗と対策
中が生だった回復できる
- なぜ
- 中心温度が63℃に届く前から30分を数えていました。豚は到達時間の実測値が公表されておらず、時計だけでは到達を判断できません
- どうする
- 中心温度計を刺して63℃への到達を確認し、そこから30分を数え直します
- 次から
- 総加熱時間ではなく「到達を確認してから30分」で計画します。到達の確認は温度計だけで、色や時計では代えられません
パサついた諦める
- なぜ
- アクチンが変性しています。66℃から筋繊維が強く縮み、抱えていた水分を押し出します
- どうする
- 抜けた水分は戻りません。次回は中心63℃に達してから30分という下側の条件を選びます
- 次から
- 豚には63℃より下の選択肢がありません。パサつきを避ける操作は温度ではなく、部位の選択と厚みを揃えることに振ります
火の通りにムラが出た回復できる
- なぜ
- 部位の断面が一定でないため、いちばん厚い場所だけ中心温度が遅れています
- どうする
- いちばん厚い場所に温度計を刺し直し、そこが63℃に達してから30分を数え直します
- 次から
- ヒレは端の細い部分を切り落として太さを揃え、バラは厚みをそろえて切り分けてから袋に入れます